最期の電波、伝えたい言葉。
あなたは携帯の電波も届かない場所に一人ぼっちで居ます。 そして、あなたの命はあと、一分しかありません。 しかし神様が機転を利かせて、最期に誰か一人に一言だけ、あなたの声を届けてくれることになりました。 あなたは誰に、声を届けますか? 「芭唐は誰に何て届ける?」 「何その話。すげーうさんくせぇ」 「えぇっ!? 知らないの!?」 そう言って、司馬が御柳に一冊の本を渡せば、御柳はぺらぺらとページをめくってつまらなさそうにすぐに閉じた。 「何だ? これ」 「今話題になってる小説でね、最期の電波、伝えたい言葉ってタイトルなんだけど、本当に聞いたことないの?」 「俺ニュース見ねーもん」 「ニュースどころか雑誌やラジオでも宣伝されてるって」 「へぇー、最期の電波ねぇ」 御柳は、考えるようなふりをして、司馬を横目で見た。 考えずとも、答えは決まっていた。 「オレはあお……」 「僕はさ、まだ迷ってるんだよね」 御柳の答えを遮った司馬の言葉が、御柳の心に突き刺さる。 自分ではないかもしれない。 御柳は、勿論葵も迷わず自分と答えるはず、と信じて自信満々に答えようとした自分がとても惨めに思えた。 「その本は、結局どうなんの?」 御柳は、平静を装うふりをして、司馬に訊ねる。 「オムニバスだからさ、色んな話があるんだけどね。僕が一番心に残ったのは……」 言葉を途中で詰まらせ、司馬は、意味深に御柳を見つめたかと思えば、ふっと視線を戻してしまった。 先ほどから真意の見えない司馬の行動に、御柳はやきもきしつつも次に続く言葉を待つ。 「八十三歳のおじいちゃんが、六十年連れ添った奥さんに言葉を届けるんだけど」 「あぁ」 「何も言わないんだ」 「は? どういうことだよ?」 「神様がおじいちゃんに何度訊ねても、今更言うことなんかないからいいですって。でも」 司馬は、そこで一旦言葉を止めると、今度は真っ直ぐ御柳を見つめて微笑んだ。 「でも、ね。六十年一緒に生きてきて、幸せだったってことを伝えて欲しい、言葉には出来ないけれど、って」 「で、神様は?」 「困り果てた神様は結局何も届けなかったんだけど、奥さんにだけは、おじいさんの気持ちがちゃんと届いてた、そんな話」 「ふーん」 「だから、迷ってるんだ。とっても」 「何に? つーか候補誰だよ!?」 「候補? 候補も何も芭唐に決まってんじゃん」 「え……?」 しれっとそんなことを口にする司馬に御柳は大きく眼を見開いて訊ね返す。 「俺?」 「芭唐以外、誰が居んの?」 「迷ってるとか言うからよー」 「あぁ」 少し拗ねたような御柳に、司馬は小さく笑って口を開いた。 「何を伝えようかなって、迷ってるんだ」 「何だよ、すっげー焦った」 御柳はちょいちょい、と司馬を手招きすると、ぐい、と引き寄せて抱き締める。 さらさらの髪の毛に顔を埋め、大きく息を吸ったらシャンプーの香りがした。 「愛してる」 「何? どしたの、いきなり」 「って言うね、オレなら多分」 なぁんだ、びっくりした、と司馬が呟けば、御柳はおかしそうにニシシ、と笑って司馬に軽くキスをした。 「んで、葵は何て言ってくれんの?」 「僕も、何にも言えないかもしれないなぁ」 こつん、と司馬は額を御柳と合わせ、今度は自分から御柳に口付ける。 顔を真っ赤にして司馬が笑えば、御柳は心底嬉しそうに司馬をきつくきつく抱き締めた。 「でも、僕を好きになってくれてありがとう、幸せだったよって気持ちは伝えたい」 「じゃあ、そう言えばいいっしょ」 「言葉にすると細かいニュアンスがなんか違うんだって」 「ふぅん、そんなもんなんかね」 「うん、そんなもんなの」 どこか悟りを開いたような司馬の表情に御柳は苦笑し、がしがしと司馬の頭を撫でる。 目の前で真剣な顔をして、有りもしない話に眼を輝かし、自分のことを考えてくれる恋人が堪らなく可愛くて、愛おしく思えた。 「オレってすっげー幸せ者」 御柳は司馬に聞こえないように呟いて、もう一度司馬の髪の毛に顔を埋めた。 「僕の方が幸せものだよ」 届かないはずの言葉が、電波に乗って司馬の心を優しく溶かした。
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