Heart Break



失恋を、した。
とは言っても別に、告白して断られたとか、
付き合っていてフラれたとかいうワケではないのだけれど。
そう、ただの一方的な片想いが終わっただけだ。
好きな人が、彼女と歩いていた。
手と手をしっかりと握り合って、楽しそうに話をしていた。
それだけなんだけど、その出来事は僕の世界を大きく揺るがせて。
僕は、その人に気付かれないように、走ってその場を立ち去った。
まぁ僕のこと、覚えてるかどうかさえ、定かではないのだけれど。
覚えてくれていたらいいのにと、祈りながらただ、走った。
好きだった。
その、自信に満ち溢れた姿が。
打者を睨む、鋭い瞳が貴方の球に僕は、
自分の全てを失ったかのように、一瞬で囚われていた。
その時から、締め付けられて上手く息のできない胸が、
今日は更に痛んで痛んで仕方がない。
いっそ、この場で大声で泣いてしまえば楽になるのかもしれない。
泣ければ、いいのに。
この胸の痛みが、どうにか涙に変わればいいのに。
そう思っても、噛んだ下唇に力が入るだけで貴方の姿を思い浮かべれば、
握った拳に汗をかく。
どれだけ走っただろうか、僕は知らない道で立ち止まった。
空は薄暗く、全く見覚えのない場所に不安が襲う。
温度は低く、寒いからどこか店に入ろうとも辺りは民家ばかりで店は見当たらない。
僕は一つ、溜め息をついた。
何をしてるんだろうと思った。
どうしてこんなに苦しいんだろうとも思った。
ただ、一方的な片想いが終わっただけなのに。
この思いを、伝えるつもりもなかったのに。
そんな勇気が、僕にあるはずもないのに
それでも今はただ、胸が痛む。

「くず…きりさん」

小さく声に出してみれば、僕の胸は更に軋んだ。
それでも、流れない涙。
僕の涙腺はおかしいのかもしれない。
ただただ、胸が苦しいだけ、胸が痛いだけ。
だけどこの痛みを、苦しみを、忘れたくないと思う自分も居る。
この痛みだって、苦しみだって、屑桐さんがくれた物だから。
そう思うと、忘れられない。
僕は、どこか知っている道に出ない物か、とフラフラと歩き出した。
心なしか、顔が熱い気がする。
すると突然、

「司馬?」

後ろから聞き覚えのある声が、した。
振り向くと、犬を連れた犬飼の姿。

「とりあえず、こんなトコで何してんだ?」
「……迷った」

犬飼は、喋った僕に驚いていたけれど。

「そうか」

と、少し、笑った。
いつもは決して見せることのない笑顔。
そんな顔が、今の僕には突き刺さる。

「帰り道、わかんのか?」

犬飼の質問に僕は小さく首を振る。
頭が、ズキズキとした。
視界もゆらゆら揺れている。

「おい司馬?お前、顔赤いぞ?」
「…大丈夫」

僕は、どうにか笑ってみせたけれど、犬飼には大丈夫そうには見えなかったようで。

「とりあえず、家来るか?近いし」
「凄く、有り難いんだけど…帰る」

僕は、ハッキリと告げた。
犬飼の好意は、凄く嬉しい。
だけど今日は、一人で家に居なきゃいけない気がした。
一人で、夜を越えなきゃいけない気がした。
僕は、歩き出そうとしたけれど、足が絡まり壁に頭をぶつけた
。

「大丈夫か?とりあえず、十二支着いたら後は道教えろ。家まで送る」
「…大丈夫だよ?」
「危なっかしくて、放っとけねぇよ」

犬飼は、遠慮がちに僕の手を取ると、そろそろと歩き出した。
僕は犬飼の背中と、トリアエズのしっぽを見ながら、ゆっくり歩いた。
犬飼も、トリアエズも僕の歩く速さに合わせて、遅めに歩いてくれている。
そんな小さな優しさが今は泣きたいほど嬉しい。
冷えた心が、暖まる気がするよ。
胸は未だ痛むけれど。
屑桐さんのことは、当分忘れられそうにないけれど。
それでも、一人と一匹の後ろ姿に僕は、少しだけ泣いた。

「オ…オイ司馬、どうしたんだ?」
「くぅ〜ん」

僕の涙に気付いた犬飼が慌てると、トリアエズも心配そうに鳴く。

「何…でもない…。ありがとう。犬飼、トリアエズ」

僕はサングラスを外し目を擦ると、笑ってそう言った。

「とりあえず…頼っていいんだぞ?まぁ、オレじゃ頼りねぇかもしんねーから、
兎丸とか辰や子津にも。まぁバカ猿は論外だけど」

犬飼は少し笑って僕の頭を軽くわしゃわしゃと撫でた。

「司馬は、何でも一人で溜め込んでるように見えるから」

犬飼は僕に背を向けたそして、再び僕の手を取り歩き出す。

「じゃあ……じゃあ、ね」
「何だ?」
「少し、背中…貸して?」
「あぁ…」

犬飼の肩におでこを乗せれば、自然と涙が溢れてくる。
犬飼の上着をギュッと握り、僕はただただ、泣いた。
今まで流れなかった分も、沢山泣いた。
トリアエズが、足元に擦り寄ってくるのがわかる。
犬飼が、僕の頭を優しく撫でる。
さようなら、僕の恋。
この痛みは、絶対忘れないよ。
そしてこの優しさも、僕は絶対に忘れないだろう。


-End-







++++++++++

屑桐さんは全く出て来ませんが、屑馬だと言い張ります(笑)
この犬飼くんと司馬くんは絶対に友情で!!
犬飼くんも、恋愛感情を持っていないからこそ、こういう風にできると思うんですよね。



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