アイスキャンディ
「やーまーざーきィ」 沖田はちょいちょいと手招きをして、屯所の建物の隙間に山崎を呼び込み、アイスキャンディを手渡す。 「内緒ですぜィ」 「これ、どうしたんですか?」 悪戯っぽく笑う沖田に山崎が不思議そうに訊ねると、沖田はグレープ味のアイスキャンディに噛り付きながら、また笑う。 「そこで売ってたんでィ。俺のおごりですぜ」 「そうなんですか! ありがとうございやす」 山崎がオレンジ味のアイスキャンディをかじると、しゃりりという歯ごたえと共にすっぱいような甘いような味が、ふわっと口の中に広がる。 そして少しだけ頭がきんとした。 「その代わり、バレたら連帯責任で」 「沖田隊長、最初っからそれ目的で俺引き込んだでしょ」 「あ。バレやした?」 「まぁ、いいですけど」 蝉の鳴き声がじりじりと暑さを煽り、厚着してしゃがみ込んでいる二人の顔にも汗が伝う。 「一口下せェ」 「あ、ハイ」 山崎は、差し出された沖田のアイスキャンディをかじり、沖田も山崎のそれに噛り付く。 「まざる」 口の中で混ざり合うグレープとオレンジの味に、沖田の口から思わず言葉が零れる。 「あ、コレ混ざった方が美味しいですね」 「直接混ぜてみやすかィ?」 冗談の域を少しだけ超えてしまった沖田の言葉に、二人の間に沈黙が生まれる。 蝉の鳴き声だけが二人を包む。 風一つ吹かない建物の隙間。 溶けかけたアイスキャンディ。 噴き出す汗は頬を伝い、首筋を流れる。 「冗談でさァ」 まずい、と思った沖田が沈黙を破り、慌てて取り繕ったとて、一度壊れてしまった雰囲気は立て直せない。 「沖田隊長」 和やかな雰囲気に戻れないまま、山崎が呼べば、沖田の肩がぴくんと震える。 ごまかすようにアイスキャンディに噛り付いたら、棒に刺さった残りにひびが入り、地面に落ちてしまう。 「あーあ、どうしてくれんだィ、山崎」 「沖田隊長、俺は……」 しかし、沖田の軽口にも怯むことなく、山崎はまた沖田を呼ぶ。 沖田は山崎に確認もせずに山崎のアイスキャンディを奪うと、一口かじり、残りを自分が落としたグレープ味のアイスキャンディの上に落とした。 山崎が沖田の手首を掴み、二人の視線がかち合えば、晴れ渡る空にびりびりと雷が走るような衝撃に襲われる。 「俺は、少しくらい自惚れてもいいんですか?」 「好きにしろィ」 溶けたオレンジと紫が地面で混ざり合い、固体から液体に変わる。 「俺たちも、あれになりましょう」 「何言っ……」 口の中で、オレンジと紫が混ざり合い、山崎と沖田は二人から一つに変わる。 「一万百二十円、山崎に貸しでさァ」 「え!? いちま……」 「アイス代百二十円、キス代一万円。俺の唇は高いですぜ?」 「アイスは奢りじゃないんですか!」 「承諾も得ずにキスしてくるようなやつに奢る義理はねェや」 「そんな……!」 唇を離した途端、沖田はそっぽを向き、悪態を吐き始める。 微かに残るオレンジとグレープが熱い。 山崎が回りこみ、沖田の顔を確認すると、自分以上に真っ赤に染まった沖田の顔。 「見るな」 「嫌です。ずるいですよ沖田隊長。あんなこと言っておいてそんな顔されちゃ俺は、自惚れざるを得ない……!」 「今度アイス奢って下せェ。それでチャラにしてやらァ」 顔を真っ赤にした沖田の言葉を山崎が認識すると、山崎の顔はぱぁっと華やぐ。 「サーティーワンだろうがハーゲンダッツだろうが!」 声高らかに宣言する山崎に、沖田がくくくと笑った。 溶けたアイスキャンディは地面に染み込んで、既に暑さで乾きかかっている。
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