色人形
「どうしたんだ?」 優しくかけられる声は、もう随分と聞いていないような暖かい声で、僕は思わず身を縮めた。 「心配しなくても、何もしない。ほら、武器も持っていないだろう」 背が高く、顔の半分に火傷の痕の残っている男が、そう言いながら近寄ってきた。 手を僕の方へ開き、持っていた荷物を開け、僕に確認をさせる。 「そんな所に居て、寒くはないのか?」 僕はゆっくりと首を横に振ったけれど。 「震えているじゃないか」 すぐに寒いのがバレてしまい、その男に立ち上がらせられる。 まぁ、バレてしまうのも当然か。 今は真冬。 雪がちらつく中、僕の着物は肌蹴ていて、足は裸足、手だってかじかんでいるのだから。 「来い」 僕は小さく首を振る。 「仕方のないヤツだ」 その男は僕をひょいっと担ぐと、そのまま歩き出してしまった。 大きな背中をドンドンと叩いたけれど、まるでビクともしない。 更に強い力で叩けば、 「キサマは人を困らせるのが好きらしいな」 と、小さく笑われた。 適わないなぁと、思った。 小さな僕に、その時のあなたはあまりに大きすぎた。 包み込まれるように僕は、その男の心に甘えてしまった。 男の家に着けば、僕はすぐさまお風呂に投げ入れられて、着物を脱ぎ、浴槽に浸かった。 「湯の加減はどうだ?」 外で男が訊ねる。僕は、何も答えない。 「とことん喋らないつもりのようだな。まぁいい。調度良かったら壁を二回叩け」 僕は調度良かったので、コンコン、と壁を二回叩いた。 男は、 「そうか」 と呟くと、家の中へ戻った。 お風呂から上がると、脱衣所には真っ白な浴衣が準備してあり、温まった身体に冷たい浴衣が心地よい。 「あがったか。ここに、座れ」 僕は頷き、男の目の前に座る。 「オレは、屑桐無涯、キサマは?」 男は、その時初めて名前を名乗った。 僕は、口ごもる。 「あぁそうか」 無涯さんは、紙と筆を持ってきた。 「これに書け」 でも僕は、何も書けない。 字なんて、習ったこともない。 「字は、書けないか?」 僕は、こくりと頷く。 「そうか…じゃあ」 そう言うと、無涯さんは、紙に『い』と書き、 「これは、『い』と読むんだ」 と、い、ろ、は、に、ほ、へ、と、と順番に、教えてくれた。 最後の文字が終わったあと、無涯さんは、 「これは平仮名と言う物だ」 と、言った。 僕はどうにか自分の名前の字だけは覚えなければ、と必死で聞いて、名前の三文字だけは、覚えることができた。 そして初めて筆を持ち、初めて紙に向かう。 『あ、お、い』 無涯さんの書いた文字を、見様見真似で。 歪んだ文字が出来上がる。 「そうか、キサマはあおい、と言うのか。良い名だな」 無涯さんは、笑った。 僕も何でかつられて笑う。 「笑っていた方が、可愛いぞ」 その瞬間、僕の狭く小さな世界は色づいたんだ。 今まで味わったこともないほどの眩しい世界。 色で輝く視界。 思わず大きく見開いてしまった目。 「ここに住むか?」 僕は、戸惑いながらも、小さく頷いた。 無涯さんは毎日、ほとんど外に出ることなく、机に向かっている。 無涯さんは、人形職人だ。 結構名の通った職人のようで、無涯さんへの注文は絶えない。 僕は、無涯さんが人形を作るのを見るのが好きだ。 ただの木が、白い人形の形になり、白い人形が、無涯さんの手の中で色づく。 その人形はまるで、無涯さんに色付かされた僕のようだと思う。 だから、人形が完成して無涯さんの手を離れる時、僕は少し淋しくて、泣く。 無涯さんはそんな僕に、苦笑しつついつも、優しく頭を撫でてくれた。 「キサマはどうしてそうなんだ」 と。 僕は無涯さんの低い声が堪らなく好きで、その声を聞くと、いつもゾクゾクするんだ。 こんな初めての感情に、いつも惑わされて周り見えなくなるよ。 最初から無涯さんしか見えてないのかもしれないけれど。 僕は、平仮名を完璧にマスターした。 「あおいは頭がいいな」 無涯さんが褒めてくれるのが嬉しくて、僕は必死で勉強するから。 決して僕の頭がいいワケではないと思う。 「そういえば、あおいは幾つだ?」 ふと、無涯さんが訊ねた。 「オレは、23だ」 数字を覚えた僕は、紙に17、と書く。 無涯さんは、驚いたような納得したような顔をして、 「そうか」 と、一言呟いた。 僕が首を傾げれば、無涯さんは少しだけ、慌てて、 「いや…もう少し、上かと思っただけだ」 と言った。 僕は、そう言えばそんなことを言われたことがあるな、とぼんやり思ったけれど、忌まわしい記憶は心の隅に追いやって、微笑んだ。 此処に来てからあの時のことを思い出すのは、初めてだった。 命からがら逃げてきた其処は、まるで地獄のようで、無涯さんと暮らし始めて数ヶ月。 穏やかになったはずの僕の心に、未だ深い影を落としている。 優しい無涯さんに迷惑をかける前に此処を出なければ、と思うけれど、無涯さんと、離れたくない。 ここ最近、やたらと胸がおかしい。 無涯さんが僕に触れる度に、心臓がバクバク言ったり、誰かお客さんと喋っていたら、胸が締め付けられるように、痛んだり。 もしかしたら、これが人を好きになるということなのかもしれないけれど。 歪んだ愛ばかりを押し付けられ続けた僕にとって、人を好きになるということが、良くわからない。 好き、と心で呟いてみたって、そんな二文字、何の意味もなさないのだから。 無涯さんを見れば、僕が色付く。 それだけだし、それだけで、いいと思う。 だけど、きっと今のような幸せなんか、長くは続かないのだろうし、きっと、そろそろあの人は、僕を見つけ出すのだろう。 その前に、出て行かなければ。 だけどその決心を鈍らせるのは、いつだって無涯さんの優しい笑顔だったり、低い声だったりで。 僕はもう何処にも行けず、足掻くしかないのかもしれないと思った。 「あおい?」 俯いてしまった僕を、訝しげに無涯さんが呼ぶ。 僕は小さく首を振って、微笑んだ。 知られるワケにはいかない。 僕の過去を。 逃げ出してきた、あの場所を。 夜になり、布団を並べて眠る、僕ら二人。 すやすやと、無涯さんの寝息が聞こえる。 寝付けない夜は、決まって外に散歩に出たのだけど、それも昔の話だ。 夜は、離れたくない。 一分でも。 一秒でも。 横目で、眠る無涯さんを見た。 胸が、締め付けられる。 甘く疼く。 そっちの布団に、行きたい。 今すぐ、色付かされたい。 でも、僕がこんなこと思ってるだなんて、知られるワケにはいかない。 純粋なあなた。 不純な僕。 交わらない僕の欲情。 喋らない僕の欲望。 どうかその手で色付けて。 いびつでもいい。 塗り潰して欲しいんだ。 何もない僕を。 人形みたいに喋れない僕を。 僕は、熱くなった身体を持て余したまま眠ろうとしたけれど、結局一睡もできなかった。 「あおい、顔色が悪いな。眠れなかったのか?」 無涯さんが彫った人形に、やすりをかけながら、僕は頷く。 「あおいが来てから仕事がはかどる」 僕は、嬉しくて手を速めた。 「オイ、そんなに焦ってする必要はない。調子が悪いのだろう? 昼から売り歩きに行くのは、やめておくか?」 僕は、小さく首を横に振り、笑う。 大丈夫だ、って思ってもらえるように。 此処にきてから、ロクに外を歩いていない。 まぁそれは単に僕が家に居るのが好きで、出たがらなかっただけなのだけど。 無涯さんは、ほとんど注文を請けて人形を作るから、売り歩くことはほとんどないけど、でも月に一度くらいは町に出る。 僕は今まで留守番をしていたのだけど、今日は一緒に行く、と約束をしていたのだった。 無涯さんとの初めての遠出に僕は少しうかれてしまい、あの人に見つかってしまうかもしれない、だなんて不安は、何処かにいってしまっていた。 その日僕がもう少し、周りに注意を払って居れば、あんなことにはならなかったのかもしれない。 「よし、じゃああおい、行くぞ」 (こくん) 僕たちは並んで歩く。 無涯さんが人形の入ったかごを背負い、僕が屑桐屋、と描かれた旗を持つ。 僕は今日、初めて無涯さんの前で喋ってみるつもりだった。 きっと、無涯さんの前でなら、出せるはずだと信じて。 大した声ではないけれど。 この声を、大切な人に聴いて欲しい。 怖くて声が出せなかったあの頃とは違うのだから。 人形は順調に売れ、残りあと一つとなった。 「あおいが居ると、客が寄ってくる。どうやらオレは、近寄りがたいらしいからな」 無涯さんはそう言いながら、僕の頭をぽんぽんと撫でた。 甘くて温かい感触が、ふわっと身体中に広がる。 知ってる。 人形を買って行ったお客さんが、無涯さんを腕はいいけど愛想が悪い、とか。 いつも怒ってるように見える、とか。 噂してたこと。 僕はいつも、そういう言葉を聞く度に、一人優越感に浸るんだ。 怒ってるように見える顔が、笑ったらどんなに眩しいか。 愛想は悪いけど、本当は凄く凄く優しいってこととか。 あの人たちは知らない。 僕だけが、知ってる。 無涯さんのいい所なんて、誰も知らなくたっていい。 知ってるのは、僕だけでいい。 「今日はもう売れないだろう。そろそろ帰るか」 (こくん) 僕たちは、元来た道を引き返す。 …と、その時。 急に酷い眩暈が襲う。 霞む視界が捉えた物は、僕が命からがら逃げ出した場所。 此処は、駄目だ。 早く、早く逃げなければ。 僕は慌てて無涯さんの手を取る。 けど、眩暈のせいでふらついてしまったため、僕がいくらその手を引いても、無涯さんは走らない。 「どうしたんだ」 此処は、駄目なんだ。 逃げよう。 早く。 速く。 あぁでも僕はまだ、それを伝える術を知らない。 懸命に手を引いて。無涯さんを見つめ、目で訴える。 「早く帰りたいのか?」 伝わった。 こくん、と頷こうとしたら。 「葵?」 聞き覚えの有り過ぎる、あの人の声。 「お前、何処行ってたんだよ?」 身体が震える。 「あおい、誰だ?どうしたんだ?」 「あー無駄無駄、ソイツ、喋んねーっすよ」 「そんなことはわかっている」 がたがたと震える手で、無涯さんの着物の裾を掴み、背中の陰に隠れる。 「オイオイ、久しぶりに会ったってのに、そりゃねーんじゃねぇの?」 あの人が、僕の髪に触れる。ビクン、と身体が跳ね、思わず手を払った。 「あおいに、触るな」 無涯さんが、僕とあの人の間に手で柵を作る。 「嫌がっているだろう」 「何? アンタら、どーゆうカンケイ? オイ葵、もしかして恋人だとか言うんじゃねーだろうな? お前がンなの作ってイイワケねーよなぁ?」 一歩、あの人が僕たちに近寄ってくる。 「どういうことだ?」 無涯さんは、あの人に訊ねた。 「アンタ、何も知らねーんっすね」 駄目。 言っちゃ、駄目。 僕は慌てて走りより、手であの人の口を塞いだ。 「あおい?」 後ろで無涯さんが、心配そうに僕の名前を呼ぶ。 あの人は、簡単に僕の手を振り払い、ギロ、と冷たい冷たい目で僕を睨む。 僕はペタン、とその場に腰を抜かしてしまった。 「コイツはね…」 「いい」 無涯さんがあの人の言葉を遮り、僕の腕を掴んで立ち上がらせてくれる。 「あおいが知って欲しくないのなら、オレに聞く権利はない」 「はっ」 あの人は無涯さんを鼻で笑うと、無涯さんから僕の腕を強引に引き剥がした。 「来いや」 「何をするつもりだ?」 「連れて帰るんすよ」 「今、あおいはオレと住んでいる」 「葵はオレのモンだ、オレのモンを連れて帰って何が悪りい?」 「キサマに、葵を預けることはできない」 無涯さんは、そう言って僕を抱き締めた。 と、その時。 「芭唐様っ!!こんな所に居たのですか」 あの人を捜していたらしい家来の声がした。 「チッ、まぁいいや。今日のトコは見逃しといてやんよ」 「キサマはまさか…」 「そ、オレは御柳芭唐。藩主の息子っすよ。あなたのこと覚えときますよ、屑桐さん」 あの人…芭唐様は、僕が持っていた旗をチラ、と横目で見て、そう言い残すと走って行ってしまった。 僕は、恐怖と初めて抱き締められた感触に、ただ無涯さんの腕の中で震えることしかできなかった。 家に着くと、僕らは無言で…と言っても僕は元から喋らないけれど、向かい合って、座った。 無涯さんは、聞く権利はない、と言っていたけれど、知りたそうにしてるのが、わかる。 「あおい」 無涯さんは、小さな声で、僕を呼んだ。 「あおいの過去に興味がない、といえば嘘になるが、今は、何も訊かない」 僕は小さく頷く。 「でもオレは、例えあおいの過去がどうであろうと、あおいが何よりも大切だ。それだけは、わかっておいてくれ」 …え? 無涯さんがゆっくりと僕に近づく。 そして大きな腕で僕をふわっと包む。 「いいか?一度しか言わないから、ちゃんと聞くんだぞ。お前を………愛している」 反射的に涙が零れた。 こんなに優しい声で愛を囁かれたのも、こんなに温かい気持ちで、抱き締められたのも、全てが初めてで。 そうだ、好きって、こういうことだ。 無涯さんの言葉が身体全体に染み渡ってゆく。 嬉しくて愛しくて苦しくて…。 僕はただ、泣くことしかできなかった。 「キサマの、声が聴きたい」 消え入るような無涯さんの声に、僕は頷いた。 堪えても堪えても、せり上がってくる熱を、止めることができなかった。 小さく深呼吸をし、目を閉じる。 声を出すことができた頃のことを、ゆっくりと思い出す。 無涯さんの手は、小刻みに震えていた。 嬉しかった。 僕を、こんなに必要としてくれる人が居る。 無涯さんの背中に回した僕の手も、小さく震えていた。 こんなに幸せな衝動を、今まで僕は知らなかった。 きっと出せる。 聴いて欲しい。 僕の声を。 大好きなあなたに。 今が、僕が人形から脱出する瞬間なのかもしれなかった。 今日こそ、人間になれる。 あの頃とは違う。 無涯さんが、居る。 「む…がいさん」 無涯さんの耳元で、小さく小さく振り絞ったその声は、ちゃんと無涯さんの元へ届いたようで。 抱き締められる腕に、より一層の力がこもった。 「…好き、です。……僕も」 「…あおい」 僕たちは、一度見つめあい、視線を絡ませると、引かれ合うように唇を重ねた。 それは、お互いが今まで隠していた熱が一気に放出されたような、熱い熱い口付けだった。 ガクン、と僕はその場に倒れ、畳の感触が着物越しに伝わる。 無涯さんは僕の顔のすぐ隣に右手をつき、膝を僕の両足の間につく。 何度も唇を重ねては離し、舌を絡めた。 僕は無涯さんの腕をぎゅっと掴んだ。 身体中で、無涯さんを欲しがってるのがわかる。 ドクンドクン、と心臓が大きく波打ち、身体の芯の方からどんどん熱くなってゆく。 「ずっと、葵が欲しかった」 無涯さんは唇を離し、そう言った。 「…僕も」 だけど僕らは、それ以上の線を越えることはせず、ただひたすらに互いの唇を貪った。 今はそれだけで、満足だった。 僕たちはその夜初めて、同じ布団で眠った。 ゴツゴツとした腕枕とか、近い無涯さんの匂いとか。 自分のモノじゃない、大好きな人の感触に、僕は心から安らいで、心地よい緊張に胸が高鳴る。 僕を抱き寄せる無涯さんの手は、とてもとても温かくて、僕は思わず、泣いてしまった。 「何を泣いているんだキサマは」 無涯さんは幸せそうに笑ってくれると、僕をぎゅっと自分の胸に更に近付けた。 耳に当たる胸。 一定のリズムを刻む心臓の音。 薄暗い部屋の中僕は、今この世で一番幸せなのは僕なんだろうなんてことを、考えていた。 無涯さんの腕の中で。 その日から、僕と無涯さんはぽつぽつと会話を交わすようになった。 話す内容は、他愛もない、下らないことばかりだったけれど、僕は嬉しくて楽しくてたまらなかった。 ぎこちなくて、拙い下手な僕の言葉を、無涯さんは根気良く解読して、返事をくれる。 もっと、すらすら喋れたらいいのに、と思うけれど、まだ口が上手く動かない。 そうだ。 だってもう何年、声を発していなかったのだろう。 覚えてないくらい、きっと昔だ。 大切な人と言葉を交わすことが、こんなに楽しくてしあわせなことだったなんて、忘れてた。 「無涯さん…」 「何だ」 「何…でも」 名前を呼べることも、こんなに嬉しい。 返事をしてくれることが、幸せで、堪らなくて。 「無涯さん」 「だから、何だ」 「何でも…」 僕は、何度も何度も、繰り返す。 無涯さんもそれに、付き合ってくれる。 苦笑いしながら、だけど優しい優しい声で。 芭唐様と会ってから、一週間が経った。 未だ、僕たちの周りには何も起こっていない。 毎日、何も起こりませんように、と祈りながら生活し、一日の終わりには大きく安堵する。 無涯さんは、何処にも行くなと僕を抱き締める。 「あんなヤツに、あおいは渡せない」 そう、言ってくれる。 嬉しくて嬉しくて。 だけど僕は、此処を出ることばかり考えていた。 芭唐様は、きっとこの店を潰してしまうだろう。 僕は、無涯さんに必死でそれを訴えたけれど。 「馬鹿なことを言うな。あおいの方が大切に決まっているだろう」 と、言われた。 嬉しい。 …けど。 駄目だよ。 そんなこと、言わないで。 人形を作ることは無涯さんの生きがいで、僕はそんな無涯さんの後ろ姿が好きで。 壊したくない。 壊されたくない。 僕が、守らなきゃ。 この店を。 助けてくれたお礼に。 僕は此処を出て行くよ。 さよなら…無涯さん。 僕は、無涯さんが眠っていることを確認し、こっそり布団から出た。 「…さよなら」 小さく小さく呟いて、最後に軽く、唇を重ねる。 未だ、身体も重ねていないけれど。 毎晩無涯さんは、僕を抱き締めてくれた。 僕はその度に、生きている意味を教えて貰ってるようだった。 何もできなかったけれど。 散々迷惑かけた挙句、黙って出て行ってしまうけれど。 人間にしてくれて、ありがとう。 何も感じなかった心を、色付けてくれてありがとう。 僕はゆっくりと唇を離し、店を出た。 着の身着のまま。 此処に来たときと同じように。 何も持たずに、静かに無涯さんと、離れた。 行く宛てもなく、歩き回っている内に、夜が明けてしまった。 どうしようかと迷って迷って、僕は、抜け道からお城に忍び込み、芭唐様の部屋の前に立つ。 結局僕には、此処しか居場所はないんだ。 此処は、僕が命からがら、逃げてきた場所。 コンコン、と扉をノックする。 不機嫌そうな顔をして、芭唐様が顔を出す。 「やっぱ、葵はオレの元に帰る運命なんだよ。あんな真面目そうなヤツとじゃ満足できねー。そうだろ?」 何とでも、言えばいい。芭唐様にはわからない。 「入れや」 (こくん) 入るなりその場に押し倒されて、着物の隙間から芭唐様の手が入ってくる。 「あの人形屋とはヤったのかよ?」 一気に着ている物を取り払われ、身体中を舌が這う。 僕は、人形だ。 そう言い聞かせ、目を閉じる。 秘部に芭唐様の指が入ってくる。 「っ…っ……」 「キッツ…ヤってねーのかよ。つまんねー」 感情に蓋をする。 僕のナカで芭唐様の指がバラバラに動いて、だんだんとせり上がってくる快感に僕は口を塞いだ。 僕は、人形だ。 だから、好きなように扱えばいい。 でも、この声だけは、無涯さんだけのモノでいて。 僕は、下唇を血が出るほど、きつくきつく噛んだ。 指が引き抜かれ、芭唐様が入ってくる。 相変わらず乱暴なその行為。 刺激が、痛みから快楽に変わる。 「やっぱお前のソノ顔、サイコー。すっげーそそる」 そんなの知らない。 どうだっていい。 だって僕は、人形だから。 無涯さんの前でなきゃ、人間にはなれないから。 「っ…く」 僕たちは、ほぼ同時に達した。 虚しい。 苦痛なだけだったこの行為にも、今は何も感じない。 ごろん、と芭唐様に背を向ける。 芭唐様は着物を整え、外へ出る準備をしている。 「今度逃げたら、どうなるかわかってるっしょ?」 僕は小さく、頷いた。 また、逃げ出す前と同じ生活が始まった。 僕はこの部屋で、何もせず、芭唐様を待つ。 芭唐様の居ない間に、無理矢理誰かに組敷かれることもあれば、芭唐様の目の前で、余興のために他の人に抱かれることもある。 結局、僕の価値なんてそんな物だ。 もう、何より大切だとは、誰も言ってくれない。 城の人からはいつだって好奇の目で見られ、だけど誰も、庇ってはくれない。 この城に、僕の味方は居ない。 そして夜になれば、この身体を芭唐様に明け渡す。 ただ、それだけ。 それ以外は何もない。 無涯さんのことは、極力思い出さないようにしている。 思い出せば、いつだって泣いてしまうから。 芭唐様に重ねようとしたこともあったけれど、できなかった。 根本的に、違いすぎるんだ。 芭唐様と、無涯さんでは。 けど、他の人だって無理だ。 無涯さんは、無涯さんだ。 僕の世界で一番大切な人は、世界にただ一人。 代わりなんて、いない。 なり得るはずがない。 「帰ってきたんですって。あのコ」 「大体芭唐様もあんなコのどこがいいんでしょうねぇ」 「どうせ、身体が目当てなんでしょう?」 「芭唐様も、あんな喋らないコにそれ以外何の期待もしていないわよ」 もう、慣れたことだ。 芭唐様の居ない時を見計らって、わざわざ僕が居る部屋の前で始まる僕の噂話。 芭唐様は藩主の息子で、未来があって、顔立ちも整っているから、此処で働いている女の人にとっては、憧れの的らしい。 好きで此処に居る訳でもないのに。 しかも、あの人たちもそれをわかっているはずなのに。 どうして僕が妬まれなければいけないんだろう。 そんなことをワザとらしく言うくらいなら、代わってくれればいいのに。 僕は、乱れた着物をぼんやりと直しながらペタンと畳に寝転ぶ。 目が霞んで、色を失ってゆくような気分になってくる。 視線をずらし、窓の外を見やると、雨がしとしとと降っていた。 いつの間にか、噂話は終わったようで、静かな部屋に雨音だけが響く。 窓の外では、濡れた葉が気持ち良さそうに風に揺れている。 青々としたその色を、 無涯さんと住んでいる時に見ていたら、きっと驚くほど綺麗なんだろうなぁ、なんて考えていたら、涙が出てきた。 目尻を伝い、畳に落ちる涙。 今では綺麗な葉の色にも、降り続ける雨の音にも、何も感じない。 きっと僕はもう、人形に戻ってしまったんだろう。 だけど、綺麗な色や音に感動できないのに、心の痛みを感じる場所は、人間のまんまみたいで。 僕は、あまりの苦しさに死にたくなった。 「オイ」 芭唐様が、帰ってきたから、僕は涙で濡れた頬を慌てて擦り、座り直して迎える。 「アイツのことかよ?」 芭唐様が、僕の腕を掴む。 (ふるふるっ) 僕は何度も何度も、必死に首を振った。 「なぁ、アイツの前では喋ったのかよ?いい加減、声聞かせろや」 俯いて、下唇を噛む。 声を出せなくなった原因のこの場所で、出せるはずもない。 無涯さんにしか聞かせていないこの声を、聞かせたくない。 「オイ?なぁ、聞いてんのかよ!?」 襟元を掴まれ、揺さぶられる。 冷たい、欲情の混じった芭唐様の目は、あの時のことを思い出させるだけで、ガタガタと震えが止まらない。 「誰のおかげで生きてると思ってんだよ?」 決定的な一言に僕の心は、暗い闇の底へ、堕ちた。 12の頃、両親を亡くした僕を、芭唐様は買った。 唯一頼れると思っていた親戚は、僕を呆気なく、手放した。 安い安い値段で。 城に着いたら身体を綺麗にされ、豪華な着物を着させられると、狭い狭い部屋に放り込まれた。 埃っぽくて、独特な臭いのするその部屋は薄暗く、真ん中に布団が敷かれ、それでもう、空いている隙間はない。 「オレはアンタを、好きなように使うから」 布団の上に倒されると、着させられたばかりの着物を剥ぎ取られ、身体の中心に芭唐様の手が向かう。 「何を…するんですか?」 「いいから、黙ってろ」 芭唐様はそう言って、僕自身を強く握った。 「やあぁっ…」 初めての感触に、唇から出たことのないような声が出る。 足を開かされ、芭唐様の指が僕のナカに入ってきた。 「いやっ…痛あぁぁっ……やだぁ……」 「バカ、でけぇ声出すなや」 芭唐様は僕の口の中に指を入れて、僕の声を塞ぐ。 芭唐様が、僕自身を扱きながら、ナカに入った中指を、ぐちゅぐちゅとかき回す。 「ふっ…んっ…んんぅーっ…」 頭がオカシクなりそうだ。 「声出すなっつったっしょ? バレるとヤバいワケ」 冷たい瞳や、威圧感のある声、行為への恐怖から涙が次々と溢れ出してくる。 「アンタは、オレの言うことだけ聞いてりゃいいワケ。わかる?」 僕が小さく頷くと同時に、芭唐様は僕の口から指を抜き、芭唐様自身が、一気に僕を貫いた。 「――――――――っ」 声にできない声が、全身を駆け巡る。 ぷっつりとソコが裂けたのがわかる。 痛い。 痛い。 痛い。 芭唐様は、そんな僕を気遣うこともなく、律動を開始した。 「痛っ…やだっ…やだああぁぁぁー……っ」 「芭唐様?」 襖の向こうから、訝しげに誰かが訊ねる声がした。 「何でもねーよ」 芭唐様は、イライラしたような声でそう答えると、僕を殺意のこもった目で睨み、その辺にあった布を、僕の口に押し込んだ。 それから先は、気を失っていまい、覚えていない。 目が覚めると、着物は肌蹴たまま、布団の上に寝転んでいた。 腿の内側には、白濁とした液体と、真っ赤な血液が混ざり、桃色を描いていた。 僕は、何も感じなくなってしまった心のまま、呆然としながらそれを必死に拭った。 肌が赤くなっても、構わず拭った。 泣こうと思ったら、声が上手く出せなくなっていることに、気付いた。 その日から、毎日毎日、行為は続いた。 痛みしかなかったその行為に、僕が快感を感じるようになると、芭唐様は、歪んだ目で笑った。 僕が他の人に組み敷かれたことを知れば、その人じゃなく、僕の身体に傷をつけた。 歪んでる。 だけどきっと、僕も同じ色に汚れているんだろう。 「オレが居なきゃ、アンタは今頃どっかで野たれ死んでっだろうな」 冷たく言い放つ芭唐様の前で、僕は有り得ないくらい、身体中が震えるのを感じた。 いっそ、殺してくれたなら、良かったのに。 人形のまま死ねば、人間になれた時の幸せを知らずにすんだのに。 こんなにその幸せを、苦しいほど求め、焦がれることもなかったのに。 無涯さん、僕はあなたと出逢えたこと、嬉しいけれど、苦しくもあるんだ。 僕の色が、どんどん剥げてゆく。 薄暗い、埃のこもったこの部屋。鼻を刺す、ツンとした分泌液の臭い。 冷たい視線の芭唐様。 欲にまみれた大人たち。そして、この部屋から出られない、僕。無涯さんが塗ってくれたメッキは、こんなに簡単に剥がれてしまう。 色付くことを知ってしまった僕は、もう一度あの色を手に入れようと足掻くだけ足掻いて、 自分自身が削れていっていることに、気付かない。 あの色を、と無涯さんを思ってしまう心が、僕の芯を削ってゆく。 「オイ、何か言えや。なんで何も言わねーんだよ…」 芭唐様が、僕の着物の帯を、くるくるとほどいてゆく。 ほどいた帯で僕の腕を縛り、上の柱に結び、固定する。 そして、残った帯で僕の視界を塞ぐと、僕は、この世界から遮断されたような気分になった。 「アンタも、バカだよな。オレだって店潰すくれーで、何もアイツの命までは取らねーよ。」 芭唐様が、そう言いながら僕の髪に触れた。 「どっかに逃げちまえば良かったのによ」 芭唐様は、小さくそう呟き、笑った。 あの店は、無涯さんの人生だ。 いつか、言っていた。 この店は、自分の命よりも大切なのだ、と。 それは、普段の無涯さんの仕事の様子からも、僕に伝わってきた。 無涯さんの人形には、命がこもってる。 出来損ないの僕ですら、そうなのだから。 無涯さんの作った人形には、無涯さんの命の欠片がこもってるんだ。 だからこそ、僕が守りたかった。 大好きな無涯さんの命を。 僕が。 僕の全てで。 「でも、もう、何処にも行かせねー。今度出て行ったら、あの店も、アイツの命も、オレがぶっ壊してやる」 芭唐様の指が僕の首筋をなぞり、ぴちゃ、と反対側の耳に舌が這う。 ゆっくりと指が下へ降りてゆき、着物の間からするすると入り込んできた。 芭唐様の長い指が、僕の胸を這い回り、胸の突起を弄ぶように、親指でころころと転がした。 未だ、耳には舌で刺激が与えられ、身体が熱くなってゆくのがわかる。 気の狂いそうな快楽に、身体がピクンと跳ねれば、上の柱がギシ、と音を立てる。 視界を遮られているせいか、敏感になってるらしい僕の聴覚は、それすら僕を、快楽へと導いてしまう。 「オイ葵、何でもうココ、こんなにしちゃってんだよ?」 芭唐様は、既に主張を始めた僕自身を、もう片方の手で、直に触る。 その間にも止まらない胸への刺激に、僕自身は、芭唐様の手の中で、膨張を続けた。 「すっげー熱い。そんなにイイ?」 耳元で囁かれると、身体がゾクゾクと震える。 芭唐様は、僕自身をゆっくりと扱き始めた。 じゅぷちゅぷと先走りの液が芭唐様の手を汚し、卑猥な水音を立てる。 何も、見えない。 真っ白な視界に涙が浮かぶ。 与えられ続ける快感に、身を預けることしかできない。 ギシギシギシ、と僕が揺れる度音が鳴る。 一瞬、頭の中が真っ白になったかと思えば、僕は芭唐様の手の中に、精を吐き出していた。 「もうイっちゃったのかよ?次は、オレを楽しませろや」 そう聞こえたかと思えば、口に指を突っ込まれ、開かされて、大きく膨張した芭唐様自身が、僕の口の中に入ってきた。 芭唐様に教え込まれた舌使いで、僕は必死に奉仕する。 髪を掴まれて、顔をソコに押し付けられた。 どんな扱いをされても、もう何も思わない僕が居た。 きっと、死ぬまで僕はこうなんだ。 壊れかけた人形でも、必要としてくれるなら、僕は此処で生きるしかない。 芭唐様の顔色を窺いながら、脅えて生きるしかないのだろう。 「…くっ…」 低い呻き声と共に、僕の口内に熱い精液が注ぎ込まれる。 ゴクリ、と喉を鳴らして飲み干せば、 「ふっ」 と、満足気に笑う芭唐様の声が聞こえた。 足を開かされ、僕のナカに芭唐様の指が入ってきた。 「っ……」 ぐちゅぐちゅと激しくかき回される度、洩れてしまいそうになる声を、必死に抑える。 「声聞くまで、やめねーぞ?」 何度も首を振るけれど、芭唐様の指は更に速さを増し、再び意思を持った僕自身をまた、扱き始めた。 飛びそうになる意識と、必死に抑える声。 狂いそうなほど苦しくて、それでも芭唐様は止まらない。 「声出しちまえよ、楽にしてやっから」 芭唐様は、開放を求め、ぶるぶると震える僕自身を扱くのをやめ、根元をぎゅっと掴んだ。 「イカせねー」 僕のナカを動き回る指と、胸を這い始めた舌と、楽になれない自身とで、本格的に、生理的な涙がぼろぼろと帯を濡らす。 湿った布が、気持ち悪い。 相変わらず、ギシギシと揺れる柱。 地獄のような、繰り返し。 きっと、僕なんかが無涯さんの人生を、狂わせてしまった罰だ。それなら、仕方ない。芭唐様が諦めるまで、僕は待つしかない。頭がぼーっとして、何も考えられなくなり、だんだん耳も遠くなってきた。 もう、駄目だ。 これ以上、意識を保てない。 そう、思った瞬間だった。 与えられていた刺激が一瞬にして消え、ふわり、と温かい感触が身体を包む。 その瞬間僕は、精を放っていた。 息を整えながらしばらく戸惑っていると、精液の臭いに混じって、懐かしすぎる匂いが香った。 きつくきつく、身体が軋むほど抱き締められたかと思えば、手の帯がほどかれる。 そして、視界が明るくなり、目の前には、求め続けた人が、居た。 「あおい…」 涙でまみれた目が、また更に、次々と新しい涙を零す。 身体が、震える。 横を見やれば、倒れた芭唐様。 遠くから、無涯さんを捜しているらしい声がする。 「一先ず逃げよう、あおい」 無涯さんは、肌蹴た僕の着物を直しながら、言った。 行けない。 僕は、芭唐様に言われた言葉を思い出す。 「行け…ません」 「何故だ?」 「芭唐様が…出て行ったら店も、無涯さんの命も、壊すって。僕…無涯さんに会って…色付いたんです。 初めて…人を好きになれた」 僕は、震える声をぐっと押さえて、続ける。 「初めて世界がこんなに綺麗だったこと…知った。教えてくれたのは…全部無涯さんです。 そんな無涯さんを、僕…不幸にできない。僕と居たら…無涯さんはきっと、幸せになれないから…」 僕の言葉に、無涯さんは小さく溜め息を吐いた。 「あおい…キサマは知らなかっただろう」 「え…?」 「キサマも、オレを色付けたということを。店はもう、売り払ってきた。店などなくても、人形は作れる。 例え殺されたとしても、キサマと一緒ならば、悪くはない。一緒に逃げよう。傍に、居て欲しい。ずっと」 「無涯さん…」 「行くぞ…」 無涯さんは、僕の手を取り、立ち上がる。 すると、ゆっくりと起き上がった芭唐様が、刀を抜き、僕らの前に、立ちはだかった。 「さっきは油断しちまったけど、今度はそうはいかねーよ。ぜってー殺す。 つか葵、アンタ、そんな声してたんだな」 「斬るなら、斬れ。その代わり、あおいにはもう、手を出すな」「なんで、オレが5年かかって聴けなかった声を、アンタはそんな簡単に聴けんだよ…」 「簡単じゃ…ない」 「あおい?」 これだけは、譲れない。 あんなに震えてた無涯さんの声や手をそんな一言で片付けないで。 僕は、深呼吸をした。 これさえ上手く言えれば良い。 もう、どうなってもいい。 「無涯さんを殺すなら…僕を殺して下さい」 「あおい、何馬鹿なことを言っている!!」 どうせ、無涯さんが与えてくれた命みたいなものだ。 無涯さんのために、使いたい。 それがきっと、僕が人間のままで死ねる唯一の方法だから。 「いい度胸してんじゃねーか。たった五年だったけど、それなりに楽しめたわ。じゃーな」 「無涯さんには、手を出さないで下さいね」 「あぁ」 「オイ!! あおい!!」 するとその時、無涯さんを捜していたらしい城の家来たちが一気に部屋に雪崩れ込み、たちまち無涯さんは取り押さえられた。 「ソイツは殺すなよ」 芭唐様が、家来達に告げる。 「ありがとう…ございます」 それは、初めての芭唐様への感謝だった。 「あおい!! 馬鹿な真似は止めろ!! オイ、お前も、あおいを殺すなら、オレを殺せ!!」 無涯さんは大声で、叫ぶ。 必死に足掻いてどうにか逃れようとしてくれている。 そうしてくれるだけでいい。 それだけで、嬉しい。 「愛してるヤツの最期の願いくれー、叶えてやんねーとな」 「…え?」 「悪かったよ。今更言ってもおせーけど。あんなやり方しか、わかんねーんだ」 チャキン、と芭唐様は刀をもう一度、構える。 「さよなら、芭唐様」 まず、目の前の芭唐様へ。 「無涯さん…さよなら。ありがとうございます。 僕が今…こんなに幸せな気分で…死ねるのは…あなたのおかげです。」 そして、大好きな無涯さんへ。 僕が微笑めば、無涯さんの瞳から涙が次々と溢れ出した。 足が震えるけれど、懸命に立ち続ける。 「芭唐様、どうぞ」 「あおい!!」 最期に無涯さんを見て、僕は目を閉じる。 何度も瞼の裏で、無涯さんの顔を浮かべる。 これで、怖くなんてない。 「行くぞ」 「…はい」 また、刀の音がしたかと思えば、ザクっと、音がした。 痛みは、感じない。 訪れた静寂に恐る恐る目を開けると、刀は畳に深く刺さり、芭唐様は笑っていた。 「あおい、生きているのか?」 「僕…生きてる」 無涯さんの表情が、涙で歪む。 「殺せるワケ、ねーだろが。行けや。もう、自由にしてやんよ」 生きている。 僕は、生きていた。 「離してやれ」 芭唐様の一言で自由になった無涯さんが、凄い勢いで僕を強く強く抱き締める。 「良かった」 無涯さんの声と手は、僕の声を求めた時以上に、震えている。 「本当に、良かった」 「無…涯さん…」 僕の声と手も、そうだ。 「怖かっただろう?すまない。オレが不甲斐ないばかりに」 僕は無涯さんの胸に押し付けた顔を何度も横に振る。 「芭唐様…」 家来の一人が、戸惑いがちに芭唐様を呼ぶ。 「行くぞ」 芭唐様はそう言うと、家来たちと共に部屋を出て行った。 僕らは強く強く抱き締め合い、それから深い深い口付けを交わした。 少し開いた唇から、無涯さんの舌が入ってきて、歯列をなぞられる。 熱い舌を絡め、何度も何度も角度を変えてキスをした。 ぴちゃ、と水音が響き、どちらのものとも知れない唾液が顎を伝った。 「んんっ…ふぅ…」 ゆっくりと唇を離せば、銀の糸が互いの唇を繋ぐ。 「あおいが、欲しい」 真っ直ぐ視線を合わせて囁かれれば、ぞくぞくと身体中が震える。 「…僕も」 そう、答えたらゆっくりとその場に倒されてゆく。 再び重なる唇。 僕は無涯さんの腕を軽く掴む。 徐々に下へ降りてくる唇に、芯から迫り上がってくる熱が中心に集まる。 ずっとずっと、こうして無涯さんに触れられたかった。 着物が剥ぎ取られ、露になった肌に唇が降りてくる。 「はぁっ…ん」 焦らされるように這う舌に、吐息が漏れた。 「あっ…」 とっくに主張を始めている突起に触れれば、小さく声が上がる。 「もっと、聴かせてくれ」 無涯さんはそう言って微笑むと、僕自身に手を伸ばした。 既に意思を持ち始めているソレ。 舌で突起を転がされてるまま、無涯さんは僕自身の先端を、くちゅくちゅと親指で刺激し始めた。 「あっ…やぁっ…だ…。あぁっ……ん」 無涯さんの手の中で、僕自身がどんどん成長してゆく。 人形を作り出す、あの手の中で。 そう思うと僕は、更に気持ちが昂ぶってしまい、無涯さんが僕自身を勢い良く扱き上げれば、 僕は無涯さんの手の中へ、熱い精を放ってしまった。 「はぁっ…はぁっ…」 無涯さんは、肩で息をする僕の足を開かせ、さっき僕が放った液体を、指に絡める。 「ひあぁっ……あぁぁっ……ン」 そして無涯さんの指が、僕のナカへと入ってきた。 さっきから無涯さんが僕に触れる感触が、やたらと優しくて、僕は涙が出そうになる。 こんなに優しく触ってくれる人なんて、今まで居なかった。 こんなに幸せな感触を、僕は知らない。 「あっ…あぁっ……ん」 無涯さんの指が増え、僕のナカをぐちゅぐちゅとかき回す。 「やああぁっ……」 そして、指がある一点を掠めると、自然と大きな声が零れる。 「ここか?」 「違っ…あぁぁっ…」 無涯さんはぐいぐいとソコを押し、僕は返事すら儘ならない。 無涯さんは僕のナカからそっと指を抜き、既に立ち上がった自身を僕の蕾に宛がった。 「挿れるぞ?」 僕は一つ、頷いた。 無涯さんが、ゆっくりと僕のナカへと、入ってくる。 「んっ……」 奥へ奥へ進んでくほど、愛しい気持ちが心の中を駆け巡る。 知らなかった。 大好きな人と一つになることが、こんなに幸せなことだっただなんて。 心の伴ったこの行為があまりに愛しくて。 涙が、零れた。 僕らは確かに今、一つになっている。 苦しいほど求め続けた思いが、今叶えられようとしているんだ。 「動くぞ?」 「…はい」 無涯さんが律動を開始する。 おんなじリズムで揺れる身体。 重なる吐息。 「あっ…あぁっ……ん。やあっ…ん。無涯さん!無涯…さんっ」「あおい…」 互いの名前を呼び、手探りで指を絡めた。 ずっ…ずちゅっ…。 嬌声と水音と皮膚のぶつかり合う音。 何度も聴いてきたはずの音たちが、今日は全く別のモノに生まれ変わる。 こんな音、知らなかった。 こんな感触、知らなかった。 次々と浮かぶ幸せに、僕はまた、涙が零れる。 無涯さん自身は、さっき探った僕のイイトコばかりを攻めてきて、何度も腰が浮かぶ。 身体がしなる。 「あ、やっ…ああぁぁっ………僕…も、だめえぇ」 「…オレもだ」 無涯さんは、自身をぎりぎりまで引き抜き、そのまま一気に最奥を突いた。 「ああぁぁぁぁっ……!」 「…くっ」 そして僕たちは、同時に果てた。 「はぁっ…はぁっ…」 無涯さんが、僕の身体に沈む。 その重さが心地良い。 嬉しくて堪らなくなって、僕は、無涯さんの背中に腕を回し、きつくきつく、抱き締めた。 「また、無涯さんが僕に幸せを教えてくれた」 独り言のように小さく呟くと、無涯さんはくるりと体勢を変え、今度は僕が上になり、強く抱き締められた。 「オレだって、キサマに教えられてばかりだ」 無涯さんは照れ臭さそうに、そう言ってくれた。 「ねぇ無涯さん」 「何だ?」 「幸せ…ですね」 「あぁ、そうだな」 ねぇ無涯さん。 あなたと出逢って僕は、世界の美しさを知りました。 眩しい空。 青々とした木々たち。 色とりどりの花々。 賑やかな町並み。 見過ごしてきた世界が、次々と僕に自己主張してくれます。 僕も、そんな色を持ちたい。 無涯さんが作る人形みたいに、目を引き付ける鮮やかな色を。 僕は人間だけど、もしも離れ離れになって、他の物に姿を変えられてしまっても。 無涯さんが思わず足を止めてくれるような色に、きっともうすぐ、なれるはずだ。 だって、無涯さんが僕を色付けたんだから。 -End- ++++++++++ えーエセ和ミスです。 マガで流したものの再録です。 てか今読み直して、下手だなーと思うのもありますが。 キスをするという習慣は確か明治だかに伝わってきたものだということを思い出しました。 まぁパラレルなんで、その辺は御柳くんの現代っこ過ぎる喋り方とともに水に流してやってください。 てか御柳くんが鬼畜ですみません。 てか屑馬なのに柳馬のがエロシーン多いってどうなんだ。
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