いつもと違う恋人
流れるような音の中、ただ僕は心揺らされて。 足震わせて立ちすくむことしかできなかった。 人の波の中で。 何度も何度もぶつかられながら、気付かない内にぎゅっと拳を握り締めていた。 眩しくて。 苦しくて。 だけど、昂ぶる心を抑えられなくて。 いつもと違う顔。 いつもと違う姿。 いつもと違う場所。 いつもと違う、僕の恋人。 「あ゛―疲れた。葵、その辺座っとけや、すぐ戻ってくっから」 (こくん) 最近御柳は、地元でもわりと人気のあるバンドに加入した。 ボーカルが抜けて困っていたそのバンドのメンバーの一人が御柳と仲が良かったらしく、 声をかけられたのだ。 タオルで顔をがしがし拭きながら、御柳は奥の方へ消えて行った。 僕は、あわただしく動くほかのバンドやメンバーの人たちを眺めながら、 一つ、溜め息を吐いた。 今日は、御柳が加入して初めてのライブだった。 御柳は、凄かった。 とても初めてステージに立ったとは思えないほど、真っ直ぐ伸びる声や、 堂々とした姿は、ステージに良く映えていた。 でも、ステージに立った御柳は、遠かった。 泣きたくなるほど、遠かったんだ。 「悪りい悪りい」 しばらくして戻って来た御柳は、僕の頭をぽんぽんと撫でて、隣に座る。 「…格好、良かったよ」 ぽつり、とそう言うと 「そ?サンキュ」 御柳は嬉しそうに、笑った。 「こんな体力使うモンなんだな、ナメてたわ」 上気した頬をぱたぱたと手で扇ぐ。 僕は何とも言えず、曖昧に頷いた。 いつもと違う横顔に、ふいに胸が高鳴る。 「葵?」 御柳が、僕の顔を覗き込む。 矛盾し合った感情が、心の中でせめぎ合う。 僕は小さく首を振り、俯いた。 「どうしたんだよ?」 唇が、震える。 零れそうで零れない涙を、いっそ零れてしまえばいいのにと、 だけど堪えながら、ゆっくり顔を上げる。 「片付けとか…終わったの?」 小さな声を、振り絞る。 「あぁ、ま、これから打ち上げとかあっけどな。葵も来るっしょ?」 「…かない」 「え?」 「僕…帰るね」 立ち上がり、走った。 ついに出てきてしまった涙を、見せたくなかった。 最低だ。 自分で自分が嫌になる。 わがまましか言えない。 せっかくの初めてのライブも、素直に喜べない。 御柳が、遠くなってしまうようで、ずっと僕だけの傍に居て欲しくて。 僕だけを見て欲しくて。 子供みたいな感情が、次々と溢れてくるのに、ステージ上の御柳に僕は、 心臓掴まれたように苦しいほど、欲情していた。 「はぁ…はぁ…」 しばらく走って、振り向いて後ろに御柳が居ないことを確認すると、 壁に身体を預ける。 荒い呼吸が治まってくると、身体中を熱が襲う。 ドキドキドキ、と動悸が速まり、唄う御柳の姿を思い浮かべた。 「ふう…」 深い溜め息が漏れる。 逢いたい。 今すぐに滅茶苦茶にされたい。 でも、ダメだ。 逃げてしまった。 御柳が離れてくのが嫌で、自分から、逃げてしまったのだから。 今日はもう、帰ろう。 頭を冷やさなきゃ。 顔も、熱いし。 「〜♪〜♪」 さっき御柳が唄ってた曲を、記憶を辿ってぼんやりと鼻歌しながら歩き始めた。 今度逢う時は、素直になろう。 ちゃんと謝ろう。 笑って、凄かったよって、格好良かったよって、 あの時生まれた沢山の感情を、伝えたい。 「うめーじゃねぇか」 「へ?」 突然後ろから聞こえた声に、慌てて振り返る。 「いつから…居たの?」 「ずっと、見てたけど?」 御柳は、小走りして僕の前に立つと、ニカッと笑った。 「ごめん…ね」 「あー大丈夫だって。全部わかってっから」 御柳は、僕の手を取り、歩き出した。 「何を?…てか、どこ行くの?」 「葵がライブ中、ずっと誘ってるような目でオレ見てたこととか、 淋しくなって帰っちまったこととか」 「……………」 恥ずかしさに、顔が熱くなる。 見透かされてる。 全部。 そうだ、ライブ中僕は、今すぐどうにかされたくて、たまんなくて。 御柳は、俯いてしまった僕の顎をぐいっと掴むと、僕にキスをした。 「……んんっ」 歯列をなぞられ、激しく口内を犯される。 キスだけなのに、僕の膝はガクガクと震え出し、僕は咄嗟に御柳の腕を掴んだ。 暗くて人通りがないといったって、ここは外。 どうにか御柳を引き剥がし、僕は乱れた呼吸を整えた。 「打ち…上げ、行かなくて…いいの?」 「葵のが大事だし?つかこんなエロい葵置いて、打ち上げなんか行けねーよ」 腕を掴んでる僕の手に、自分の手を絡める。 「顔、すっげー真っ赤」 「御柳の…せいだよ」 触れ合う指から更に熱が高まる。 ドキドキと、高鳴る鼓動が止まらない。 「鎮めて欲しい?」 意地悪気に訊ねる御柳に、僕は小さく頷く。 「っしゃ」 御柳は小さくガッツポーズして、再び僕の手を取ると走り出した。 「そういえば、どこ…行くの?」 「んーラブホ?それともオレん家?葵ん家でもいーけど」 「考えて…なかったんだ」 「だって、葵のあんなソソる顔見りゃ、冷静になんてなれねーっしょ」 「…バカ」 「ま、オレん家行くか」 「…うん」 僕たちは、目配せし合うと、笑った。 「御柳…今日、凄かった。格好良かった。 …ますます…好きになった。 だから、もっと、見たい。ステージに立つ、御柳が見たい」 「サンキュ、すっげー嬉しい。ステージ上からでも、イカせてやっから。勿論今からも♪」 僕は、何も答えずに御柳の手を握った。 「葵、何か今日積極的」 「あんな御柳見たら…冷静になれない」 あんなに遠くに感じた御柳が、今は凄く近くに感じる。 これからもきっと、御柳の姿に全てに僕は、心掴まれるんだろう。 もう、離れられない。 僕の全ては、御柳の虜なんだ。 御柳がステージ上に居ても居なくても。 -End- ++++++++++ えー…すみません。あんな素敵でかわゆい司馬きゅんの登場する小説を頂いてしまったのに、 ウチの司馬くん、欲情しちゃってます(爆) POMME様がバンド物をお書きになっているのに、バンド物を差し上げる、 などという暴挙に出てしまいました。 すみません。音楽、と言ったらバンド物しか思い浮かばなかったのです。 駄文ですが、愛だけは余分に詰まってます。 こんな物で良ければ、頂いて下さいませ。 では、相互本当にありがとうございました。 西川柚子
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