Your Name is Joker
「十四郎さん」 ほんの軽い気持ちで呼んだ名前が土方さんの耳に届けば、何倍にも重くなって俺の耳を刺した。 驚きのあまり、土方さんが倒した硯から零れた墨汁が、畳に滴り落ちて染みを作る。 しわしわになった書類が、はらりと机の上から逃げる。 「びっくりするじゃねェか」 顔を赤くした土方さんが、頬に飛び散った墨をぐいと拭うと、更なる加虐心が心に火を点けた。 「と、う、し、ろ、う、さん」 作ったことのないような笑みを浮かべ、墨汁まみれの土方さんに寄り添う。 耳元で囁いた名前に、土方さんの身体がぴくりと痙攣したのがわかった。 「名前で呼ばれるのって、どんな気分です? 毎日呼ばれてる俺の気持ちがわかるでしょう?」 俺は、更に土方さんをどうにかしようと目の前にある首筋に手を伸ばす。 だけど、その手は呆気なく掴まれた。 気付けば俺は、土方さんの腕の中に居た。 「総悟」 耳元で囁かれた名前に、俺の身体がびくんと震える。 ずりいや、土方さん。 そんな声は、ずるい。 「何ですかィ?」 平静を装って、声が震えないようにゆっくり言葉を紡ぐ。 「悪かねェな」 「じゃあ、もう当分呼ばないことにしやす」 俺の言葉に、不思議そうな顔をする土方さんに、俺は笑って言ってやった。 「切り札は、たまに使うからいいんでさァ」 さっきのアンタの声に、俺がどうにかなってしまったみたいに。
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