近づいたと思っていた俺たちの距離は、実はまだ随分と遠かったらしい。




あと1センチ





「土方さんてば俺に内緒でどこ行ったんでィ」
「トシが外出するのに、いちいちお前に報告する義務はないだろう」

土方を探し、屯所の中を駆けずり回っていた沖田を見かねた近藤が沖田に声を掛ければ、沖田は不服そうに唇の端を曲げる。
今日は朝から土方の姿が見えない、いや、正確には居なかったのは昨日の夜からだったのだが、沖田はまだそれに気付いていなかった。
沖田の不安とは裏腹に、空は雲ひとつなく、曇った沖田の心を容赦なく照らしてゆく。
嬉しそうにいつか沖田の手によって支給された夏服を纏った近藤は、眩しすぎる空を見上げて目を細めた。
沖田がどれだけ想いを巡らせても、土方が帰ってくるわけでもなく、何の進展もなくただただ時間が過ぎてゆく。

「有りまさァ、沖田憲法8条に寄れば、土方さんは一挙手一投足を俺に報こ……」
「総悟よ、トシだっていっつもお前の相手できるほど暇じゃねーんだぞ」

いつになく真面目な近藤に諭されるように告げられ、沖田はしゅんと肩を落とした。
いつも手の届く距離に居る人が見当たらないのは、とても落ち着けず、沖田は手持ち無沙汰に辺りを見渡すと、近藤に背を向ける。

「見回り行ってきまさァ……」
「行って来い」

仕方なく仕事に戻ることにした沖田に、近藤は満足気に微笑むと、わしゃわしゃと沖田の頭を撫でる。

「子ども扱いしねェでくだせェ」
「仕方ねェだろ、俺にとっちゃお前はいつでも子どもだよ」

何気ない近藤の一言に、沖田の肩は更に落ち、悲しげな目で近藤を振り返った。

「土方さんにとっても、そうですかねィ?」
「総悟。トシは、やめとけ」
「近藤さんなら、わかるでしょう?」
「何がだ」
「火がついちまったら、終わりだってこと」
「オイィィィィ! 総悟! ちょっと待て」

沖田は、近藤の制止も聞かずに走り出した。
土方の居場所に大方の見当がついている近藤は、沖田の後ろ姿を見つめて小さく溜め息を吐く。
相変わらず、無情にも青い空が、沖田の体温を上昇させ、浮かぶ汗が身体に張り付くようにじっとりと冷えてゆく。
勿論沖田だって、何も知らないわけではない。
昼間だというのに、時折香る石鹸の匂いだとか。
変に寝癖のついた髪形だとか。
それらを目の当たりにする度に、勘繰ったり不安になったり。
そろそろ沖田は疲れ始めていた。
募る思いは蓄積されて膨れ上がる。
痛みまで伴って膨張する。
沖田は、とにかく走り続けた。
もう、何故走っているのかもわからなくなった。
土方さん土方さん土方さん土方さん。
心の中で反芻される言葉はただ一つそれだけだ。
目を閉じて、そのまま勢いよく角を曲がったら、沖田は誰かにぶつかった。

「総悟!?」
「ひじ……かたさん?」
「誰? この子」

衝撃に目を開ければ、そこには探していた土方と、見たこともない女の姿。
つややかに伸びる黒髪や切れ長の瞳は、まったく自分の持つそれとは正反対で。
美しいその女と、土方が似つかわしいのは、誰に目に見ても明らかで、沖田は思わず目を伏せた。

「真選組の沖田だよ」
「あァ、例のあの子ね」

二人にしかわからない話題を交わす二人の親密そうな雰囲気に、沖田は唇を噛み締める。

「土方さん、誰、ですか?」
「オイオイ、ンな野暮な質問してんじゃねーよ総悟。わかんだろ?」
「わかんないでさァ。何でそんな女選んだんですかィ?」

冷たい目で沖田が言い放った言葉に、その場の空気は一瞬にして張り詰める。
一瞬の沈黙にもうろたえることはなく、沖田はそのまま言葉を続けた。

「土方さん、そんな女より俺を選んでくだせェ」
「なァに、この子。失礼ね」
「総悟、やめろ」
「そんな女に土方さんの何がわかるんですかィ?」
「総悟!」
「俺の方が長くアンタを見てる、俺の方が土方さんをわかってる。俺の方が……」
「総悟! いい加減にしろ!」

通行人も思わず振り返るほどの土方の怒声に、沖田は身をすくめる。
俺だってずっとずっと土方さんが好きなのに。
ずっとずっと、アンタだけを見ていたというのに。
あぁ、俺はいつの間に、こんなに女々しくなってしまったのだろう。
きつくきつく土方を見つめていた瞳を、沖田は力なく伏せる。

「総悟、こんなとこで話す話題でもねェだろう。屯所に帰ってから……」
「好きなんでさァ。アンタのことが堪らなく」

沖田は、土方の隊服を掴み、ぐいっと自分の顔を近づけたが、しばらくすると諦めたように手を離し、土方に背を向けた。

「いっけねェ、見回りの途中だったんでさァ」

沖田は、見え見えの言い訳を吐き、走り出した。
ただ、追いかけて欲しくて必死に走った。
振り返るのが怖くてただ、がむしゃらに走り続けた。
しかし、土方が後を追ってくる気配は微塵も感じられなかった。
あと、残り1センチ。
触れそうで触れられなかった唇は、自分たちの関係を表しているようで堪らなく胸が軋んだ。













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お題の一番最初の話なのにハッピーエンドじゃないってどうなんって感じですが。
小説に出てくる土方さんのお相手のことを書いてるとき、どうしてもヅラ子の顔しか浮かびませんでした 笑



お題提供:キスで書く9のお題

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