傷口





「どうしたんだ、その傷は」
「あー…やられたんでさァ」
「そんなことはわかっている、誰にやられたか、を訊きてェんだよ」
「そんなの、いちいち覚えてられやせんぜ」

総悟が珍しく、左手に傷を作って戻って来た。
剣の腕は真撰組随一と謳われている総悟が、普段の戦いで傷を作る、なんてことはほとんど有り得ないことで。
だから。

「忘れるわけねーだろ」
「覚えていたとしても、土方さんには関係のないことでさァ」
「やっぱり、覚えてるんじゃねェか」
「だったら、どうだって言うんですかィ?」
「だったら、何で嘘を吐いたのかを問い詰めるだけだ」
「言いたくありやせん」
「何故だ」
「だから、土方さんには関係ないって言ってるでしょう」

痛々しく、流れ出る血液で真っ赤に染まった総悟の腕を掴めば、顔を歪めてオレに抗議の視線を送る。
堂々巡りだな。
そう悟ったオレは、問い詰めることはやめ、総悟に背を向けた。

「もう、怪我なんかすんじゃねーぞ」

残念ながら、返事はなかったけれど。



それから数日後。

「オイ、今日はアイツは一緒じゃねェのか?」

一人で江戸の町を歩いていたら、近藤さんを倒した銀髪、坂田銀時とばったり出くわした。

「誰のことだ? 近藤さんか?」
「何つったけなァ。ホラ、小柄のヤツだよ」
「総悟か…」
「あーそうだそうだ」

坂田は、ぽりぽりと頭を掻きながら、一つ、小さく欠伸をした。

「総悟が、どうしたんだ」
「アイツ、怪我してんだろ」
「まさか、テメェが切ったのか?」

チャキン、と刀に手をかける。

「オレはいつでも木刀しか持ってねーよ」
「じゃあ、何でお前が知ってんだよ」
「アイツがよォ、言ったんだ」
「だから、何をだ」
「…………」
「オイ、はっきりしやがれ!」

オレは刀を抜き、坂田に詰め寄った。
喉元ギリギリで歯を止め、開きっぱなしの瞳孔で睨む。

「オイオイ、そんなに熱くなってっとオレみてェに血糖上がっちまうぞ、あ、上がるのは血圧か」
「オイコラ、真面目に答えろっつってんだろ」

つー、と坂田の喉から一筋、血が滴り落ちる。

「自分を斬れって」
「は?」
「だから言葉の通りだよ。オレが斬れねェつったら、自分で斬りやがった。オレのせいじゃねェ」

総悟が?
そんなことをして、何の意味がある。

「ソイツ、大丈夫だったか?」
「テメェが心配することじゃねェだろ」
「それもそうだ」

オレが離れると、坂田はまた頭を掻いて、背を向ける。

「若気の至りもほどほどにしろっつっとけ」

そして一言言い捨てると、逆方向へと歩き出していった。
何のつもりだよ。
オレは何だか居た堪れなくなり、走る。
わざとなのかどうなのか知らねェが、深かった総悟の傷は未だ完治しておらず、大事をとって今日もまだ、休んでいるはずだ。

「総悟っ」

総悟が眠っているはずの部屋を、思い切り開ければ、そこに総悟は居なかった。

「土方さん」
「っ……!?」

突然の後ろからの声に振り返れば、寝間着のまま、瞳を揺るがす総悟。
まったく感じなかった気配。
背中を撫ぜる、ほんの少しの殺意。

「余計な詮索するのは、やめてくだせェ」
「総悟、お前…」

ふらふらと、総悟は布団へ戻る。

「怪我は、大丈夫なのか?」
「この調子だと、明日くらいには治りまさァ」

普段の調子に戻った総悟に、もう坂田のことは聞けなかった。



「やっぱり、健康ってのはいいモンですねィ」

総悟は、自由になった左腕をブンブンと振り回し、晴天の空の下で、一つ深呼吸をする。

「土方さんもそう思いやせん?」
「あ、あぁ。そうだな」

オレが曖昧に頷くと、総悟は意味ありげな顔で、笑う。

「呆れてるんじゃねィんですかィ?」
「何をだ」
「オレのことに決まってるじゃありやせんか」
「どうして呆れる必要がある」
「名前も覚えてもらってねーヤツのこと…」
「それ以上は、言うな」

総悟の声を遮り、オレは溜め息を吐いた。
坂田に会った時に、気付いたはずじゃねェか。
あぁ、それでも。

「オレは、馬鹿だ」
「何で土方さんが。馬鹿なのはオレの方でさァ」

オレは、淋しそうに呟く総悟の治ったばかりの左手を掴み、袖を捲り上げる。

「アイツじゃなきゃ、駄目なのか?」

透き通るほどの白い肌に、残った傷跡が痛々しい。
かさぶたになっているソコに、ゆっくりと切っ先を向けた。

「オレが傷をつけてやる」
「ひじか…」
「ちょっと二人とも、何してるんですかっ!?」

総悟が何かを言おうと口を開いた瞬間、オレたちに気付いた山崎が近寄ってくる。

「何でもねェよ」
「ちょっとふざけてただけでさァ」
「でも…」

まだ何か言いたそうな山崎を睨めば、すぐに口をつぐんだ。

「ホラ総悟、早く行くぞ」
「わかりやした」

刀をしまい、総悟の背中を押す。
訊けず仕舞いの返事を持て余したまま、オレたちは屯所の外に出る。
いつもとは違う、重苦しい雰囲気が二人の間を流れ、沈黙に押し潰されそうになる。

「総悟…」

堪らず声をかければ、総悟はオレに薄く微笑み返した。

「やっぱり、あの人じゃないと駄目みたいでさァ…」

ゆっくりと袖を捲くり、愛おしそうに傷口を撫でる総悟は、見たこともないような艶かしい表情をしていた。
適わねェ。
総悟の後ろ姿に向かって呟いた言葉は、突然吹いた風に紛れて、消えた。






++++++++++

刀を持っていると思えば、どうしても斬らせたくなってしまう自分が嫌だ。
サディスティック星から来た王子なのに!
何だかマゾヒスティックになってしまいました…。
まぁそれほど銀さんが好きなんだということにしておこう。
てか銀さんの喋り方がさっぱりわからない。
銀沖は沖田さんの片思いが一番好き。
そんで銀神前提だともっといい。
今度書いてみよう。




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