この視界に映るもの
ぽろりと零れた涙は、頬を伝って首筋を辿ってそれから先はもう行方はわからない。 さよならと言った無涯さんは、静かに僕の前から去ってきっと家に帰ってそれから先はもう、僕の手の届かない場所に。 眼を閉じて、最後に見た後ろ姿を懸命に思い出す。 せめて記憶の中でだけでもこっちを向いて欲しかったけれど、無涯さんは振り返ることはせずにそのまま視界から消えた。 「わかってくれ、葵」 あの時悲しそうに呟かれた声が、僕の胸に刺さった。 さよならを受け入れようとしない僕をなだめるような言葉に、もう同情しか含まれていないことを思い知らされた。 「もう、キサマとは居られない」 「でも、僕は……僕は……」 一緒に居たい。 傍に居たい。 隣に居たい。 声にならない言葉は、涙に変わって僕の顔を濡らす。 どんどん行方のわからなくなってゆく涙に、自分を照らし合わせれば更に涙が溢れた。 無涯さんはもう、いつもみたいに僕の涙を拭ってはくれなかった。 渡されたハンカチで、僕は自分の涙を拭いた。 視界を上げれば、涙で無涯さんが歪んで見えた。 そして無涯さんの気持ちが僕に真っ直ぐ向かっていないことを知る。 視界に映るのは、もう決して触れられない人だった。 「会いたいな」 そっと呟いて眼を開けたら、そこに映るのは何もない自分の部屋だった。 見慣れた景色のはずなのに、無涯さんが居ないだけで別の世界に居るようだった。 僕の視界にはきっともう、無涯さんは映らない。
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