第一話 I WANNA BE YOUR SPECIAL.



先生のことを、いったいいつから好きだったのだろうかなんて忘れてしまうほど、この想いはいつの間にか深く深く心を侵食していた。







きっかけは多分、ほんの些細なことだったのだ、と沖田はいつものようにやる気のない様子で授業を進める坂田を見つめる。
陽に透ける銀色の髪が綺麗だなと思った、とか。
何でいつも理科の担当でもないのに白衣着てんだろう、とか。
そんな小さなことが気になっただけなのだ、きっと。
それがどうして、いつの間にかこんなことに。
子守唄でしかなかった古典の授業は一番の楽しみになり、まっさらだったノートは瞬く間に小さな文字で埋め尽くされた。

「じゃあ今日の授業終わりな。ちゃんと次の授業までに予習しておくように」

坂田の言葉で一斉に辺りは騒がしくなる。
沖田は、終礼のチャイムが鳴ると古典の教科書とノートを掴んで立ち上がった。

「どこに行くんですか?」
「ちょっと、質問に行ってきまさァ」

山崎の質問に沖田が答えると、土方は目を丸くして驚く。

「総悟が質問!? オイオイ明日は雪が降るぞ」
「うるせェや、土方さん」
「ハハハ」

沖田が土方にべ、と小さく舌を出して悪態吐けば、近藤はそれを見てのん気に笑う。
周りを見渡せば、クラスメイトたちはめいめいの昼食を取り出し、食べ始めている。
もたもたしていたら、貴重な休み時間が終わってしまう。
先生との時間も、短くなってしまう、と沖田は三人を残して教室を出た。

「先生」
「どしたの?」

ぱたぱたと廊下を走り、階段を降りようとしてた坂田を呼び止める。
振り返った坂田は何故か眼鏡を外しており、沖田の心臓は小さく鳴った。

「素顔、初めて見やした」
「あァ、眼鏡ね。汚れてたから拭いてたんだよ」

坂田は眼鏡を掛け直すと沖田を見る。

「で、どしたの?」
「ここの解釈なんですけど」
「あァ、そこは……」

普段だらしないからといっても、坂田も立派な教師だった。
沖田の質問に真剣に答え、沖田も更にノートを小さな字で埋めてゆく。
二年の時は赤点ぎりぎりしか取れなかった沖田の古典の点数は今、クラスでトップを競うほどにまでなっていた。

「沖田最近頑張るねェ。どういう心境の変化だよ? 先生は嬉しいよ」
「好きだから、でさァ」
「何が? 古典が?」

沖田は下唇を軽く噛んで、次に出す言葉を躊躇うように視線を下に迷わせる。
しかしキッ、と強い視線で坂田を射抜くと、口を開いた。

「……先生、が」

震える声で紡がれた沖田の声に坂田の眼は一瞬大きく見開いたが、すぐにいつもの覇気のない眼に戻ってしまった。
沖田は、高鳴る鼓動を抑えるように、眼を閉じて小さく深呼吸をした。

「それに俺はどう答えりゃいいわけ?」
「先生、俺だけ?」
「だから、何が?」

確信に触れるのを避けるかのように、結論にワンクッション置く沖田の言葉にイライラしながらも、坂田は訊き返す。
薄暗い階段に、窓から太陽の光が射した。
坂田の髪は、やっぱり綺麗だと沖田は思った。
坂田も、沖田の光る髪に少しだけ見とれた。

「生徒で、先生の素顔見たの」
「そうかもね」

坂田がそう答えると、沖田は満足そうに小さく笑い、くるりと坂田に背中を向ける。

「じゃあ先生、ありがとうございやした」

少し遅れてきた頬の火照りがバレないように、沖田は後ろを向いたままそう言って走り出した。
もつれた足で転びそうになりながらも教室に入れば、息を切らして戻ってきた沖田を、近藤たちが怪訝な顔をして見つめる。

「どうしたんだ? そんなに焦って」
「弁当食う時間がなくなったら困ると思いやして」

近藤の問い掛けに、沖田はごまかすように小さく笑って言葉を返す。
些細な嘘だったが、沖田の心は小さく痛んだ。




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