第二話 PLEASE FALL INTO A MY TRAP!
「沖田総悟、至急生徒指導室に来なさい」 沖田が自分の気持ちを坂田に打ち明けてから十日が過ぎた。 テスト最終日である今日は、十月も終わりに近付いたというのに雲一つなく晴れ渡っていた。 最後のテストの終了の合図が鳴り、誰もが安堵感に包まれたとき、少し張り詰めた放送での坂田の声によって教室内のざわめきが破られる。 「オイ総悟、お前何したんだよ?」 「大丈夫なんですか?」 何も知らない土方、山崎、近藤が沖田の周りに集まってくる。 他の生徒たちも、沖田たちの会話に耳をそばだてているのが沖田にはわかった。 心当たりのありすぎる沖田は、わからないとでも言いたげに小さく首を傾げて少々自虐的に笑った。 自分の将来すら投げて坂田へ投げたメッセージすら、所詮他の生徒たちをざわつかせることしかできないのだと思えば、沖田は少しだけ泣きたくなった。 「まァ、行って来まさァ」 沖田は近藤たちに背を向け、ひらひらと手を振って教室を出た。 余裕ぶったふりをするのはもう、限界だった。 握った拳は震え、生徒指導室へと向かって走る足はもつれた。 ここが正念場だ、と沖田は思った。 自分のした行為を、ただ生徒を騒がせただけのことで終わらせたくはなかった。 先生を、揺らしたい惑わせたい。 鼓動の高鳴りは最高潮を迎えた。 息を切らして生徒指導室に辿り着いたら、その扉はまるで空まで続いているかのように大きく見える。 沖田は息を呑み、扉に手を掛けた。 「失礼しやす」 「おぉ、入れ」 狭い室内は、坂田のふかした煙草のせいで煙が充満している。 「先生、ココ禁煙ですぜ」 「マジでか」 けほけほと小さく沖田が咳をすると、坂田は慌てて煙草を灰皿に押し付け、窓を開ける。 「呼ばれた理由くらい、わかってんでしょ?」 ふぅ、と小さく溜息を吐き、坂田は沖田を見る。 沖田はドアをぴっちりと閉めると、坂田の座っていた席の向かいに腰を下ろした。 教室内には、教員用の机と椅子が六セットずつ向かい合わせに置かれており、坂田と沖田は一番奥の席に座っている。 ドアに窓はついておらず、カーテンも全て締め切られている。 沖田はドアを自分で閉めたにもかかわらず、まるで閉じ込められたようで窮屈だ、と思った後、先生となら悪くないけれど、と思い直してすぐ消した。 「自分でしたことくらい、わかってまさァ」 「そりゃァ話が早い。じゃあ0点でいいんだよな? あんなに頑張ってたのに」 坂田はそう言って沖田の前に名前以外何も書かれていない答案用紙を突きつける。 「構いやせん」 「じゃあ、中間の成績は不可ね。まぁ期末頑張るこったな」 「理由とか、訊かねェの?」 「俺が訊いてどうすんだよ」 震えながら喋る沖田に、坂田は酷く人間味のない声色で言葉を返す。 「俺はただ、せんせ……」 「悪いけど、俺ァ堕ちねェよ、こんくらいじゃ」 半分泣きそうになっていた沖田に、坂田は更にきつい言葉を浴びせる。 しかしその言葉は、逆に坂田の前では眠っていた沖田の本来の嗜好を呼び覚ますことになる。 「じゃあ先生」 ぎらりと沖田の眼の色が変わる。 坂田は挑戦的なその眼に、少しだけ吸い込まれそうになった。 「何だ」 「どうしたら、好きになってくれるんですかィ? 俺のこと」 何を言っても諦めようとしない沖田に、坂田は頭をぼりぼりと掻きながらこれなら諦めるだろうとでも言いたげに口を開く。 「次のテストで学年トップでも取ったら考えてやらァ」 「上等でさァ」 いくら古典の成績が伸びたとはいえ、沖田の成績はまだ下から数えたほうが早かったが、沖田は自信満々にそう答える。 坂田は自分の言ったことを少々後悔しながら小さく溜息を吐いた。 「期待しとくよ」 その言葉に、沖田はにこりと笑い、坂田に背を向ける。 「じゃあ先生、また明日」 「おぉ、気ィつけて帰れよ」 「へーい」 大成功とは言えないまでも、及第点ではある。 沖田は、まだまだ見えない坂田の背中を脳裏に描きながら、薄暗くなった帰り道を走って帰った。
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