第四話 MY HEART BURN UP BY ALL OF YOU.







「アリ? オスカルとアンドレは出て来ないんですかィ?」
「あの人たちは架空の人物ですよ」

沖田のとんちんかんな質問に、山崎はふぅと溜息を吐いて教科書に目を落とした。
教科書の中では、ルイ16世が山崎の閉ざした想いも知らずに呑気に笑っていた。
山崎は、決して進みはしないであろうこの関係に、革命でも起こればいいのに、と思いながら口を開いた。

「フランス革命で出された宣言は何ですか?」
「ポツダム宣言」
「人権宣言です。ポツダム宣言は100年以上先ですよ」
「宣言って言ったらポツダム宣言しか浮かばなかったんでィ」

沖田は反論するように呟くと、閉じていた教科書を開き、人権宣言、という語句に黄色の蛍光ペンで線を引いた。
ふと窓の外を見ると、既に辺りは暗くなっていた。
日が短くなり、部活時間は短縮されたが、その後毎日残って勉強している沖田の帰宅時間は、連日20時を回っていた。
月水金の放課後は土方に、火木の放課後は山崎に勉強を見てもらう。
勿論帰宅してからも夜遅くまで勉強し、土日も自宅で、と沖田はがむしゃらに机に向かった。
日が経つにつれ、とんちんかんな質問や答えは鳴りをひそめ、少しずつではあるが、沖田の学力は上がりつつあった。
しかし、沖田には時間が足りなかった。
沖田はそれを補うため、睡眠時間を削って勉強するより他はなかった。

「昨日、何時間寝ました?」
「んー、4、いや3時間半ですかねィ」
「一昨日は?」
「同じくらい」
「あんまり無茶な生活してると、いくら沖田さんでも身体壊しますよ」
「仕方ねーだろィ。時間がねーんだから」

目を伏せて、ひたすらプリントにペンを走らせる沖田に、山崎は苛立ちともどかしさを感じでいた。
沖田をこうまで変え、真っ直ぐな想いを向けられる対象が、憎くて仕方がなかった。

「どうして?」

疑問を言葉にすれば、声が震えた。

「何か言いやしたか?」
「どうしてこんなに必死に学年トップを目指すのかなと思って」

山崎の問い掛けに、沖田はペンを置いて山崎を見る。

「恥ずかしいから、土方さんと近藤さんには内緒ですぜ?」

沖田が声を潜めてそう言うと、山崎は小さく頷いた。

「好きなんでさァ。坂田先生のこと。んで、この前告白したら学年トップでも取ったら考えてやるって」
「それって体よく断ら……」
「わかってまさァ、そんなこと」

自分に言い聞かせるよう、淋しげに再び目を伏せる沖田に、隠した山崎の拳がわなわなと震える。
抱き締めたい。
抱き締められない。
想いは迷いになり。迷いは言葉にならずに山崎の中をぐるぐると彷徨い続ける。
どうして。
俺の方がこんなに想っているのに、どうして。

「でも、取ってみなきゃわかんねィでしょ? 報われなくてもいい。見たいんでさァ、単純に」

頭を上げた沖田の顔は、意外にも晴れやかだった。
行き場のなくなった山崎の想いは、またも山崎の中にすとんと落ちてゆく。

「俺がトップを取った時の先生の顔」

あまりに真っ直ぐで、前向きすぎるその言葉に、くくく、とおかしそうに笑う沖田の目の前で山崎の出口は完全に塞がった。

「ん? どうしたんですかィ?」
「え、あ、いや。びっくりしちゃって」
「内緒、ですぜィ?」
「はい」
「じゃあ、そろそろ帰りやしょうか」
「そうですね」

7時半を回った時計を見て沖田が言うと、山崎も時計を確認して教科書を閉じる。

「いつもすいやせんねィ」
「いえいえ」

沖田の想いが山崎の頭を巡り、山崎は心ここにあらずで沖田の言葉に答える。
やっぱり俺は、沖田さんのことが好きだ。
秘め続けた想いが、心に火をつけた。



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