第六話 MAY I EXPECT IT ONLY A LITTLE MORE?







期末テスト開始日の朝は、11月とは思えないほど穏やかに晴れ渡っていた。

「今日から期末テストなわけだが、まー皆せいぜい頑張るこったな」

坂田のやる気のない激励とともに、沖田の戦いは幕を開けた。
眠る間も、食事する間すら惜しんで今日まで勉強を続けてきた。
あんなに勉強が嫌いだった自分がだ。
たとえトップは取れなくとも、それだけで褒めて貰えるだけの価値はあると沖田は思う。
しかし、それではいけないのだ。
過程なんか必要ない。
結果が伴わなければ意味がない。
沖田は深呼吸をして、テスト用紙に向かい合った。



「はいはいそーかい、ありがとよ」

一世一代のあいしてる、のあとに返ってきた返事は、そんなそっけない言葉だった。
沖田に引っ張られ、ベッドに倒れこんだ坂田は、すぐに起き上がって白衣の乱れを直す。

「先生は、何でそんな余裕なんですかィ? 必死になってる俺が馬鹿みてェ」
「…………」

沖田の問い掛けに、坂田は何も答えず背を向ける。
うっすらと涙が浮かんだ大きな瞳に吸い込まれそうになった。

「先生だって、見たくせに」

これ以上、ここに居るとやばい。
これ以上、一緒に居ると、やばい。

「俺ァ何も見ちゃいねーよ。勉強すんだろ? 暗くならねーうちに帰るこったな」
「もう、いいでさァ」

沖田は、山崎が持ってきてくれていた鞄を掴み、静かに保健室を出る。

「誰のために余裕ぶってやってんのか、わかってんのかねェ」

息が詰まるほどの濃密過ぎた時間に、坂田は大きく深呼吸をして呼吸を整える。
沖田の残した残り香に、身体の奥がざわめくように音を立てた。




「テスト、出来たのか?」
「まだ一日目ですぜ、センセイ」

坂田は、一日目のテストが終わり、一人で廊下を歩いていた沖田に声を掛ける。
保健室での一件があって以来、二人は言葉を交わしていなかったが、沖田は何もなかったかのように笑って言葉を返した。
先生には、もう何も期待しない。
どんな小細工も、策略も、真っ直ぐな想いすら通用しなかった。
適わなくても、適いたくて。
届かなくても、届きたくて。
何としてでも、追い付きたいと願った。
受け入れてくれるのなら、もう何も要らないとすら思った。
それでも揺れてさえくれないのならば、もう何も期待しない。

「明日はついに古典だなァ」

そんな沖田の思いを知ってか知らずか、呑気な顔をして呟く坂田を、沖田は穴が開くほど見つめる。

「何? そんな熱い視線送ってくれたって問題は教えねーぞ?」
「今更そんなズルするつもりはありやせん」
「おーおーそれはいい心がけだ。まァせいぜい早く追い付いて来るんだな」
「……え?」

坂田はフフン、と笑って沖田の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「ご褒美」

その言葉と声と顔全てが不意打ち過ぎて、沖田の身体は平衡感覚を失い、思わずその場に座り込む。

「ひゃ、百点とってやりまさァ、古典!」
「待っといてやらァ」

そんな笑顔はずるい。
先生はまた、俺を離れられなくする。
座り込んだ廊下から見上げた沖田の世界が、一瞬にして色づいた。





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