第七話 HAPPINESS OR BITTERNESS.
「沖田総悟、100点、と」 坂田は、小さく笑いながら赤字で名前欄の下に点数を記入した。 その日、朝から職員室はいつもより少々ざわついていた。 授業の間は寝てばかり、テストを受けても赤点ぎりぎり。 少なくとも、前回のテストまではそんな様子だった沖田の点数が、全教科軒並み急上昇しているのだ。 「坂田先生の古典も上がってます?」 「古典は百点だったよ」 不思議そうに自分に話しかけてくる数学の教師に、坂田は少々自慢気に答える。 この信じられない結果が全て、自分のためになされたことだと思えば、坂田の顔もつい綻んでしまう。 「まぁ、うちの沖田はやれば出来る子だから」 「いえ……それが、カンニングではないかという話も出ているんです」 「あん? 沖田がカンニングなんてするわけねーだろが」 「飽くまで推測ですので……坂田先生、生徒のことを信じるのは結構ですが、沖田は普段の素行も良くないですし……」 その言葉にあからさまに不機嫌になった坂田は、まだ何か言いたげな数学教師を残し、少々乱暴に職員室を出る。 「何も知らねーくせに、勝手なこと言いやがって」 「何が勝手なんですかィ? 先生」 突然かけられた声に驚いて振り向けば、すぐ後ろに涼しい顔をした沖田が立っていた。 「こっちの話だよ。それよりおめー、頑張ったじゃねーか」 「でしょう? 先生のせいでまだ眠くてたまんねーや」 ふわ、と大きな欠伸をして、沖田は小さく笑う。 頑張った、の一言で全ての努力が報われたかのように舞い上がれる自分が、少し好きだと思った。 「こんなに勉強したの、生まれて初めてなんでね」 「だろうな。沖田くんのせいで、今職員室は大騒ぎ」 「マジですかィ。でもそれも失礼な話ですねィ」 「まぁ仕方ねーだろ。銀魂高校始まって以来だっつーんだから」 ふぅん、と沖田はさして興味もなさそうに頷くと、ちらり、と坂田を見た。 沖田は、坂田の言葉に平常を保って答えこそしていたが、内心気が気ではなかった。 欲しいものはただ一つ。 返事か、順位か。 「先生、俺の順位いくつでした?」 言葉にした瞬間、沖田の喉がごくりと鳴る。 身体中が、坂田の返事を急かすようにざわめき始める。 何度も、やめようと思った。 学年トップを取るだなんて、所詮無理な話なのだ、と諦めようとも思った。 しかし、ここまで頑張ることが出来たのも、ここまで諦めずにこられたのも。 全ては目の前のふてぶてしい男のおかげ。 あの時の、笑顔のおかげだ。 沖田は、不安げに坂田を見上げ、坂田の表情を確認する。 しかし、相変わらず、死んだ魚のような目をしたその顔からは、何も読み取れなかった。 「順位はまだ出てねーんだよ。でも……」 「でも?」 「俺が採点した限りでは、古典で百点取ってたのは沖田君だけだったぜ」 坂田は、嬉しそうに笑うと、わしゃわしゃと沖田の頭を撫でる。 驚きのあまり、言葉を無くしてしまった沖田は、目だけを爛々と輝かせ、喜びを噛み締める。 「頑張ったな」 「先生のお陰でさァ」 二人の気持ちが一つになったことが、はっきりとわかった。 ここが、学校でさえなかったなら。 せめて、人通りの多い廊下でさえなかったなら。 抱き締めたい、抱き締められたい。 沖田の身体は、血が逆流してしまったかのように熱くなり、その熱さが次の言葉を誘う。 目の前で破裂でもしてしまいそうな様子の沖田に、坂田の拳が、もどかしそうに握り締められる。 「せんせ……っ」 しかし、静寂を切り裂いた声は、無情にも無機質な呼び出しに掻き消された。 「坂田先生と、三年Z組沖田君。至急進路相談室に来なさい」
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