第八話 I MADE A RESOLUTION TO DROP FROM YOU.












学年主任が沖田に訊ねたことは、一つだけだった。
しかし、その一つが大きく沖田の心を揺るがせる。

「本当に、実力で今回の試験に臨みましたか?」

この人は一体、何を言っているのだろう。
沖田の頭は、突然浴びせられた質問を処理出来ずに、働くのをやめてしまう。
幸せな時間を掻き消した挙げ句、先生の前でそんなこと。
しかし、真っ直ぐに自分を見つめる学年主任に、沖田はどうにか、声を絞りだして答える他なかった。

「俺……いえ。僕は、カンニングなんてしてやせん」
「でも、この点数はいったい……」
「死ぬ気で勉強しやした。納得、出来やせんか?」
「死ぬ気で勉強したと言っても……」

何を言っても理解しようとしない学年主任に、次第に沖田の声も小さくなってしまう。
どうして、こんなことを言われなければならないのだろう。
先生に追い付きたくて、認めてもらいたくて、必死になって勉強した。
トップを取ったら考える、だなんて口実だとわかっていた。
けど、揺れた。
先生は確かに、自分に揺れてくれたのだ。
沖田はもう、どうすればいいのかわからず、言葉も出せずに立ちすくむしかなかった。
普段は強気の沖田も、冷たい学年主任の目に普段の調子が出せず、萎縮してしまう。

「教師が生徒信じらんねーでどうするよ」

後ろから発せられた坂田の声に、沖田の身体がびくんと揺れる。

「俺ァこいつが遅くまで残って、寝るのも惜しんで勉強してたこと知ってる。沖田、そうだろ?」
「はい」
「正々堂々と受けたんだ、もっと胸張ってりゃいいじゃねーか」

頭に乗せられた右手に、沖田は思わず涙が零れそうになった。
大好きな人が、自分の味方をしてくれている。
なんて心強くて、素晴らしいことなのだろう。
自信満々な坂田の様子に、学年主任は小さく微笑んだ。

「わかりました。沖田くん、疑ってすみませんね。もう帰っても良いですよ」
「あ、はい」
「坂田先生は、少し残って下さい」

学年主任のその言葉に、あからさまに嫌な顔をした坂田に、沖田は小さく笑って呟く。

「先生、ありがとうございやす」
「あん? 寄り道せずに帰れよ」
「はい」
「明日だから、順位発表」
「……はい」

沖田は、名残惜しそうにもう一度坂田を見ると、振り切るように前を向き、進路相談室を出た。
心臓が、まだどくどくと大きな音を立てている。
自分をかばう言葉。
頭に乗せられた大きな手。
それを思い出すだけで、自然に顔が綻んで、足取りが軽くなる。
明日で、全てが決まってしまうというのに、沖田の心は不思議と晴れやかだった。
やるだけのことはやった。
先生にも、認めて貰えた。
元々、叶うはずのない恋で、実るはずのない想いなのだ。
沖田は明日、自分の結果がどうであろうと、坂田のことは諦める、とはっきり告げるつもりだった。
それは、堪らなく哀しくて、苦しくて、淋しいことだけれど。
きっと、想いは消えずに、心の中でさ迷ってしまうのだろうけれど。
後悔はない。
沖田には、そうすることが、自分と坂田にとって、一番の策のように思えた。
今日だって、先生まで呼び出されてしまったではないか。
自分勝手な想いに、先生を巻き込むわけにはいかない。
坂田の気持ちが自分に向きつつあることが分かる度に、その思いは強くなっていった。
先生が欲しかった。
欲しくて欲しくて堪らなかった。
それが今、現実になろうとしているのだ。
しかし、そのせいで迷惑をかけるわけにはいかない。
沖田は、零れそうになる涙を手の甲で強引に拭うと、走って学校を出た。
明日が、永遠に来なければいいのにと思った。






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