第九話 I WISH ONLY YOUR HAPPINESS.












廊下に張り出された順位表の周りには沢山の生徒が集まり、がやがやと騒がしく各々の名前を探している。
張り出されるのは上位50名。
勿論、この紙に沖田の名前が載ったことは、今まで一度もない。

「沖田さん、もう出てますよ」
「ちょ……待って下せェ」

昨日眠れなかったせいで遅刻してしまった沖田は、同じように遅刻してきた山崎と校門前で会った。
沖田が遅刻なんて珍しいですねィ、と山崎に言えば、山崎は誤魔化すように小さく苦笑する。
あなたのせいですよ、と言えば何かが変わるだろうか。
山崎は、ふいに浮かんできた馬鹿馬鹿しい考えを掻き消し、沖田を急かした。
人ごみを掻き分け、ようやく二人は順位表の前へと辿りつく。
しかし、沖田も山崎も、目の前の紙を見ることが怖くて堪らない。

「せーの、で見ますか?」
「待っ……まだ心の準備が」

順位表の前に陣取り、動こうとしない二人に、後ろから生徒が迷惑そうに舌打ちをする。

「見やしょう」
「じゃ、せーので」
「せーの」

二人同時に順位表に目をやれば、一位から十位には変わり映えしないメンバーが並んでいた。
土方の名前も、いつもと同じくらいの順位、学年六位の場所に綴られている。

「ない、ですねィ」
「そうですね」

順位がどうであれ諦めることは決めていた。
決めていた、けれど少しは期待していた。
しかしやっぱり、一位は取れなかった。

「死ぬ気で勉強したんですけどねィ」
「ですね」

悲しそうに呟く沖田の横顔に、山崎は気の利いたことなど何も言えずに相槌を打つことしか出来ない。
視線をスライドさせていくと、十八という数字の下に沖田の名前は載っていた。
前回のテストでは二百位だった席次が、今回は十八位。
何も知らない人から見れば、信じられない結果であろう。
しかし十八という数字は、沖田に何も訴えかけては来なかった。

「保健室行ってきまさァ」

沖田は消え入るような声で呟くと、おぼつかない足取りで歩き出す。

「大丈夫ですか?」

山崎の問い掛けに、沖田は小さく頷くと、保健室へと向かっていった。







「あれ? 沖田は休み?」

ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り、坂田が3Zの教室に入ってくる。
ぽっかりと空いた沖田の席に、開口一番坂田は訊ねる。

「沖田さんは、気分が悪いみたいで、保健室に行っています」
「じゃあ、とりあえずホームルームは欠席、と」

山崎は、自分はなんてお人よしなのだろう、と自己嫌悪しつつ机に突っ伏した。
坂田が沖田のことを気にしている。
それだけで、胸が締め付けられるように痛む。
沖田が学年トップを取れなかったことに、少しだけ喜んでしまった自分も嫌で堪らなかった。
沖田の幸せを願いたいのに、自分の心は正直に沖田の心が欲しいと言っている。
相反する気持ちを抱えたままでは、どう転んだって自分は傷つくしかないのだ。
それならば今だけは、沖田の幸せだけを祈ろう。

「じゃあ、ホームルーム終わりね」
「先生」

教室を出た坂田を、山崎が廊下で呼び止める。
俺は馬鹿だ。
でも、それでいい。
今は馬鹿でいい。
だって、今の沖田さんを笑わせられるのは、先生しかいないじゃないか。

「沖田さん、落ち込んでます。良かったら行ってあげて下さい」
「んなこと、俺に言っていいの?」
「……え?」
「好きなんだろ、沖田のこと」

予想もしなかった坂田の言葉に、山崎は次に続く言葉を見つけられずに黙り込む。

「沖田は多分、俺のこと諦めるとか言うつもりだろーけど、俺はもうすぐ堕ちるから。その時は、容赦しねーよ」
「え? 諦めるってどういう……」
「さァな。これ以上は言えねーな」

予想外のことが続きすぎて呆気に取られたままの山崎を残し、坂田は急ぎ足で保健室へと向かった。











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