MAIDENIC TO YOU
「ドSコンビ、か。ふふっ」 沖田は、思い出し笑いをしながら畳の上で転げまわる。 自分は最近おかしい、と沖田はひとしきり畳の上で転げまわった後、我に返って思う。 下らないことで嬉しかったり悲しかったり、今までにないくらい情緒が不安定なのだ。 勿論沖田は、その下らないこと(沖田にとっては大切なことなのだが)に全て坂田が関わっていることを自覚していた。 「何俺。ちょう乙女。ちょう女々しい」 沖田は、有り得ない自分の思考回路にセルフ突っ込みを入れると、再び坂田のことを思い出す。 すると坂田と過ごした時間の全てが色鮮やかに沖田の頭に蘇り、そしてとてもとても会いたくなる。 しかし、会いたいときに会いたい、と言えるほど沖田は坂田と親しいわけではなかった。 会えない時間と比例して想いは募り、会っている時間と比例して想いは加速してゆく。 沖田は、募りゆく想いを持て余したまま、ひたすらに坂田を想う。 もしも空を飛べたなら、会いに行っても良いだろうか。 もしも身体が透明だったなら、見つからないよう、一目くらいは目にすることが出来るだろうか。 もしも自分が女だったなら、こんな淋しい夜に一晩くらいは相手にしてくれただろうか。 考えても考えてもどうにもならず、結局沖田は坂田への思いにまみれたまま、一睡も出来ずに夜が明けてしまった。 朝日が眩しい。 鳥のさえずりが心地よい。 しかし、これが坂田と一緒ならばきっと、もっと綺麗なのだろうと思えてしまう自分が少しこわい。 「もう重症」 沖田は自嘲気味に笑うと、急いで隊服に袖を通した。 「総悟、顔色が悪いが大丈夫か?」 「大丈夫でさァ」 心配そうに声をかけてきた近藤を笑顔でいなし、沖田はわざとらしく飛び跳ねる。 「無理はせんようにな」 「わかってまさァ」 そしてまだ何か言いたげな近藤を残し、屯所の外に出た。 どれだけ思考回路を止めたって、坂田のことが頭から離れない。 沖田の想いはもう、限界だった。 今まで、押し込めてきたつもりだった。 叶うはずのない想いだと自覚していたし、色恋などにうつつを抜かしている自分を馬鹿だとも思った。 放っておけば、こんな不毛な想いはいずれ消えて無くなるだろう、と楽観視していたのだ。 しかし、坂田への想いは、消えるどころかどんどん膨張し、膨れ上がり、今や沖田の心の奥深くにまで達し、根付いてしまっている。 道路へ出ると、沖田の足は真っ直ぐと迷うことなくかぶき町へと向かう。 もう、無理だと思った。 眠れない夜に一人で坂田を思うことも。 顔を合わせる度に、何の感情も抱かれていないと自覚することも。 うんざりだった。 自分と坂田に関わる全ての物事が、苦しくて悲しくて仕方がない 。 この想いを鎮める術があるのならば、どんなことをしてでも手に入れたいと思うだろう。 それでもいつか心通わせたいと、ただ願っている。 いつでも願っている。 痛い苦しい哀しい。 何故こんなことになっているのか、自分にもわからない。 沖田が万事屋の扉をノックすると、はァい、というやる気のない返事と共に扉が開く。 「今、一人ですかィ?」 「一人だけど……何? 依頼?」 坂田は、そう言うと少し面倒臭そうに沖田を部屋に通す。 部屋に足を踏み入れると、心臓がどくんと高鳴り、ごくりと喉が鳴る。 旦那、と一度でも口を開けば、沖田は思いのたけを全て告白してしまいそうになる。 恋に堕ちたのも、こんな朝だった。 まさにこの場所で、このシチュエーションで。 万事屋内にほのかに香る、坂田の匂いに包まれたら最後、もう戻れなくなっていたのだ。 想いはこの場所に囚われ、一瞬で抜け出せなくなってしまった。 「旦那……」 沖田の目の前で訝しげな顔をした坂田が揺れる。 恋に堕ちたあの日から、今までずっと抱く感情は同じ。 胸に残る熱も同じ。 「沖田君?」 所詮、色恋だなんてきれいな言葉で治まるものではなかったのだ。 坂田への想いは、いまや沖田の中で乱れて咲く華のように、沖田の理性を狂わせてゆく。 種は芽になり、芽はつぼみになり、咲き誇る花が熱になる。 雫のように零れる蜜が声になる。 「抱いて下せェ。……一回きりでいい」 震える声は届いただろうか。 小さな嘘は隠せただろうか。 一回きりで、諦められるはずがなかった。 ただ、一回きりでもその思い出を糧にして、生きてゆける気もした。 鎮める術はこれしか浮かばなかった。 通用しないことなんてわかりきっていた。 でも。 身体で釣れるものならば、安いものだ。 未だかつて誰も受け入れたことのないこんな身体、今すぐくれてやる。 18年と少し、誰を想うこともなく生きてきたはずだった。 それなのに坂田と出会って数ヶ月だというのに、もう坂田を想わずには生きられない。 「正気か?」 「こんな洒落にもならねェ冗談、言うと思いやす?」 「冗談にしといた方がいいと思うね、俺は」 想像していた通りに軽くいなされ、坂田はくるりと沖田に背を向ける。 冗談で済ませられるのならば、どんなに楽であろう。 こんな、後ろ姿にすら身体と心全部で反応してしまうというのに、今更戻る術が果たしてあるのだろうか。 いや、ないだろう。 少なくとも、沖田には見つけられなかった。 ありったけの知恵を振り絞って考えても、見つかりそうになかった。 「冗談に出来るなら、今ここにはいやせんよ」 沖田は坂田の前方に回りこみ、坂田の眼を真っ直ぐに見つめる。 交わした視線に、身体が焼けるように熱くなる。 心臓が、有り得ない音と速度で響きだす。 「残念だけどさァ沖田君。俺の好みはマゾで淫乱な人妻なわけよ。悪いけど他当たってくんない?」 坂田の言葉に、沖田は少し迷ったように隊服の上着を脱ぎ、吹っ切れたかのようにスカーフをしゅるりと一気にほどく。 ぷつぷつとベストのボタンを外したところで、坂田が沖田の手を掴んだ。 「何する気?」 「言わせる気ですかィ?」 声も手も、ぶるぶると震えている。 叶うはずがないことはわかっている。 わかっているが声も手も止まらない。 この気持ちも、止められない。 沖田は坂田の手を振り払い、ベストを脱ぎ、シャツも脱いで半裸になった。 そして床に落としたスカーフを拾うと、不器用な手つきで自分の両手首を縛り始める。 頬が熱くなるのがはっきりとわかる。 坂田の視線が、痛いほどに沖田に突き刺さる。 「好きなようにして下せェ。何なら試しにろうそくでも垂らしてみやす?」 「別に、そんなの望んでねーよ。大体お前、ドSだろーが。プライドとかねーの?」 「そんなの、アンタを好きになった時になくしちまいやした。人妻にはなれやせんが、旦那のためにならマゾにでも淫乱にでもなってやらァ」 「健気だねェ」 「何とでも言ってくれィ。今まで旦那が抱いたどんな女より、今まで旦那が見たどんなAVより、上手くよがってみせやすぜ」 強がりももう限界だ。 何を言っても、全て見透かされているような気分になる。 「沖田君をそこまで駆り立てるものって何?」 身体の温度は急激に上昇し、夏でもないのにうっすらと身体は汗を帯びる。 我に返ったら、屈辱で気がおかしくなってしまいそうだった。 スカーフで縛った両手首が中でも特に、蒸し暑くて吐き気がする。 「まーだわかんねーんですかィ? 旦那、俺より大人でしょ。それくらい察して下せェ。そんなの、アンタへの愛以外に何があるんでさァ」 言葉にすると、自分の気持ちの重さに足が震えて、立っていられなくなりそうになる。 自分は、この上なく馬鹿だと思った。 見込みも無いのに暴走して、勝手に空回っている。 でも今は、同情でもなんでもいい。 少しでも、変わってくれればそれでいい。 惨めさが涙に変わりそうになった瞬間、火照る身体が更なる熱に包まれる。 考える間もなく口内に舌が侵入し、喜びを噛み締める間もなく身体は机の上に倒される。 「旦……那?」 「ちょっと、火ィ点いた」 「何ですかィ、そ……んんっ」 再び口内に侵入してきた舌に、沖田の身体が小さく痙攣する。 息継ぎをする間もなく何度も何度も口付けを交わし、頭が痺れてめまいがする。 「手はここにかけときなさい」 坂田は、縛られた沖田の両手を自分の首にかけ、更に身体を密着させる。 沖田は最初、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。 しかし、坂田の身体から伝わる熱に、否が応にも自分の置かれている現実を実感する。 絡まる舌が糸を引き、近付く身体が熱を持つ。 ひんやりとした机の感触は、火照った身体ですぐに人肌の温度へ変わってしまった。 坂田は、沖田の腕のスカーフをほどくと、もどかしそうに上着を脱ぎ、ほどいたスカーフで沖田の視界を塞ぎ、首筋にそぉっと舌を這わせた。 「ちょ……、だん、な。ん……っ」 それと同時に坂田の指が沖田の上半身に触れると、くぐもった声が沖田の口から零れた。 触れたところが、びりびりと電流のように痺れて、心臓の鼓動がどきどきとどんどん速くなる。 「何、上手くよがってくれんじゃなかったの?」 視界が遮られているせいで、低い声だけが頭に届き、ぞくぞくと沖田の心を昂ぶらせる。 「そんなの、旦那次第でしょう」 「言うねェ」 「こっちは必死ですからねィ。アンタを落とすのに」 「それこそ、沖田君次第だろ」 挑発するような坂田に、沖田も負けじと言葉を返す。 「まぁ、頑張ってね」 しかし言葉の応酬は、坂田が沖田の耳元で囁いた言葉で幕を閉じる。 坂田は、ようやく黙り込んだ沖田の言葉を更に奪うように、口付けをしながら沖田自身に服の上から触れた。 すると、沖田の身体は大きく揺れ、更に坂田が服の上からさすると、それはだんだんと熱さを増してゆく。 「そろそろよがってみる?」 唇を離して坂田はそう問い、沖田の返事も聞かずにベルトに手をかける。 そしてするりとズボンを脱がせ、机の上に足を開かせた。 立ち上がった沖田自身から先走る蜜を指に絡め、坂田はゆっくりと沖田の中へと指を侵入させてゆく。 沖田の顔が小さく歪むと、坂田は嬉しそうに沖田の視界を遮るスカーフを外した。 かちんと合わさる視線に、坂田の指は、収縮する沖田の粘膜によって締め付けられ、沖田の頬は更に赤く染まる。 最初はゆっくりと、そして徐々にスピードを上げて坂田が指を抜き差しすると、沖田の口から声が零れ始めた。 「んっ、ふっ、あ、ンン……っ」 恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠す沖田に、坂田は空いてる方の手でそれをやめさせる。 「顔は見せとけって」 「旦、那ァ……っ、やめ…っ」 坂田の行動全てが沖田の羞恥心を煽り、しかしそれは全て直ぐに快感に変わり、沖田の頭をいっぱいにする。 先走りの液で濡れた沖田自身を坂田が扱き始めれば、沖田の身体は大きく後ろに仰け反った。 水音と吐息と嬌声が混ざり合い、坂田の頭もどうにかなりそうになる。 「旦那、も、ぁ……っ、むり」 その言葉に坂田は両手を止め、悪そうににやりと笑う。 そして、寸前で止められたせいで、疼いてもどかしいらしい沖田の身体を人差し指でゆっくりとなぞる。 おもしろい程にびくびくと痙攣し、仰け反る沖田の身体と、掠れて零れる嬌声。 「気持ちイイ? って訊いたら、答えてくれる?」 「旦那ァ。俺もう死にそ……」 額にはりついている前髪をどけてやり、坂田は沖田に口付けながら沖田自身を再び扱く。 すると、呆気なく吐き出た精が、坂田のズボンを汚した。 「何すればいいか、わかるでしょ?」 未だ呼吸の定まらない沖田を急かすように起き上がらせ、坂田は沖田に訊ねる。 沖田は床に手をついて坂田の下半身に顔を近付け、自分の精で汚してしまった場所を恐る恐る舌で舐め取ってゆく。 生臭い味が口中に広がり、思わず沖田が顔を離すと、布越しで少々わかりづらいが、主張を始めている坂田自身が眼に入った。 「旦那ァ、俺は嬉しいですぜ」 沖田は坂田の手を引き、机の上に横たわらせると、坂田のベルトに手をかけて坂田自身を取り出す。 そして坂田を跨ぎ、膝をつくと沖田はゆっくりと腰を降ろしてゆく。 「ご奉仕ってやつ?」 「言ったでしょ、旦那のためにならMにでも淫乱にでもなってやるって」 坂田は沖田の腰を手で支え、腰を降ろそうとする沖田の手助けをしてやる。 「嫌いじゃねーな、その心意気」 「ん、くぅ……は……」 ようやく坂田の上に跨ることが出来た沖田は、坂田の腹部に手をつき、ゆっくりと腰を前後に動かし始める。 「んっ……んぁ、く、は……ぁ」 唇から零れる声は、自分のものではないようだった。 同時に襲ってくる痛み、快感、喜び、虚しさに沖田は押し潰されそうになる。 「いい眺め」 身体は繋がった。 しかしそれは飽くまでも、坂田の扉を少し開けることが出来ただけに過ぎない。 この先には何もない。 未来も希望も何も、ありはしないのだ。 「あっ、んん……は、旦、那ァ。あ、ぁ……っ。も……イキそ……」 胸がぎゅうと締め付けられるように痛み、沖田の頬に一筋の涙が浮かぶ。 二人の荒い吐息が、同調するように部屋に響く。 坂田は起き上がり、沖田の頬に伝う涙を舐めとってやると、繋がったまま沖田を抱き締める。 沖田は坂田の背中にがりりと爪を立て、絶頂と同時に坂田にぐったりとしなだれかかった。 「仕返しでさァ」 「何に対してよ?」 「えー……俺の人生狂わせた旦那に対して?」 「お前さァ、せっかく可愛いツラしてんだから、もうちょい可愛いこと言えねーの?」 みみず腫れになった坂田の背中の引っかき傷を、沖田は丁寧に撫でる。 セックスフレンドでもいいから、と坂田に頼み込み、行為の度に毎回同じところに傷をつけてやろうか。 沖田は一瞬そんなことを思ったが、流石に趣味が悪いのですぐに考えを取りやめる。 「旦那も、俺のために人生狂わせて下せーにゃん」 「沖田君さァ、語尾ににゃんとかつけても可愛くないからね。言ってることは恐ろしいからね」 「わがままですねィ」 「そ、銀サンわがままなんですぅ〜。……それでもいーのかよ?」 「へ……?」 坂田は、自分にしなだれかかったままの沖田の肩を掴み、触れるだけのキスをする。 「返事は?」 「いい……旦那が、いい」 未だ状況の掴めていない沖田の頭をぽんぽんと撫で、坂田は小さく笑う。 「沖田君に狂ってやるって言ってんの」 再び零れそうになった涙を見せないように、沖田は坂田の胸に顔を埋めた。 「なんで」 こもった沖田の声が、坂田の身体に響く。 少し速い坂田の鼓動が、沖田の耳に届く。 「何でって。仕方ねーだろ。何でか火ィ点いたまま消えねーんだから」 「何でかって、まーだわかんねーんですかィ? 旦那。それくらい自分でわかって下せェ。そんなの、俺への愛以外に何があるんでさァ」 「やっぱお前、可愛くねーわ」 「旦那のためになら、いくらでも可愛くなってやりやすにゃん?」 「いや、遠慮しとく」 目を合わせて、もう一度キスをした。 今度は幸せが、部屋いっぱいに溢れ出す。 「別に、沖田君は沖田君のままでいーんじゃねーの? 可愛くねーのもサドなのもそれもまた一興、っつーことで」 あーもう何、この人。 どんだけ俺狂わせば気が済むの? 「旦那ァ、愛してる」 「そんな言葉軽々しく口にするもんじゃありません」 「だって」 沖田がせがむように坂田を見れば、坂田は少し困ったように目を反らす。 それでも沖田が視線を強引に合わせて見つめ続ければ、坂田はようやく重い口を開いた。 「ハイハイ、俺も愛してるよ。そーごくん」 「…………っ」 最近、この世界はおかしい。 沖田は、見廻りをしながら思う。 空も山も川も町も、こんなに美しかっただろうか。 こんなに色づいていただろうか。 下らないことで幸せだったりにやついてしまったり、世界はこんなに、喜びに満ち溢れていただろうか。 勿論沖田は、その下らないこと(沖田にとっては大切なことなのだが)に全て坂田が関わっていることを自覚している。 +++++++++++ 琥珀満月の露城ゆうや様へ相互御礼銀沖です。 銀さんと沖田さんにあれもさせたいこれもさせたいと考えていたら、少々変態的な内容になってしまいました。 愛だけは無駄につまっているので、こんな管理人ですが、これからもよろしくしてやって下さい。 相互ありがとうございました! 西川柚子。
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