モノポライズ
言葉にするにはあまりに幼い。 態度で示すにはあと少し足りない。 小さく光るこの想いは、きっと永遠に心の奥の奥。 流れるような音に耳を澄ませた。 剣を振る音。 道場を駆ける音。 眼を開けると、向い合って戦う近藤と土方の姿。 体格が違いすぎるから、と一度も真剣に手合わせをしてくれない近藤が、真剣に、しかし楽しそうに土方と竹刀を合わせている。 土方はずるい、と沖田は思った。 そこは、自分の場所のはずだった。 いつか追い付きたくて、目標としていた場所だった。 それなのにどうして、そんなに簡単に奪うの。 「世の中は理不尽の塊でさァ」 沖田は小さく溜息を吐く。 冷えた床が、汗ばんだ身体に心地よい。 いくら門下生が増えても、沖田に適う者は誰一人として居なかった。 動き足りない渇いた身体が、力を求めて小さく疼く。 かと言って土方に頼むのはプライドが許さない。 近藤は真剣に取り合ってはくれない。 「畜生! また負けた」 落ちる竹刀と倒れる土方の音に、勝負がついたことを知る。 息切れ一つしていない近藤が、倒れた土方に手を差し伸べると、土方はばつの悪そうな顔でその手を掴む。 胸が軋む。 締め付けられて、挫けそうになる。 ずるい。 土方は、ずるい。 土方はどんどん対等になってゆくのに、自分はいつまで経っても子どものままだ。 「近藤さん、手合わせ願えやすかィ?」 「真剣勝負ならトシに頼め」 「じゃあ土方さん、俺が勝ったら、ここ出てってくれやす?」 「何言ってんだ総悟」 「いいんだ近藤さん。こいつももう14だ。何か考えあってのことなんだろ。まぁ、俺は負けねェがな」 沖田が竹刀を掴み土方を睨めば、更に強い視線で睨み返された。 考えなど何もない。 ただ、近藤の一番近くに土方が居ることが気に食わないだけだ。 ただ、近藤の一番近くに自分が居られないことが気に食わないだけなのだ。 「土方さん、容赦ァしやせんぜ」 「言ってろ、ガキが」 近藤のはじめ、の合図で、二人は探りながら距離を詰めてゆく。 沖田が土方と対峙するのは、これが初めてだったが、普段の稽古の様子を見る限り、沖田に勝ち目がないことは誰の眼にも明らかだった。 勿論沖田自身も、その事実を知ってはいたが、実際向き合ってみて一層実感していた。 しかし、引くわけにはいかなかった。 ズルい手を使う気も起こらなかった。 ぶつかり合う竹刀に手が痺れる。 このままでは、力負けしてしまうだろう。 沖田は一旦交差する竹刀を崩し、一瞬の隙をついて土方のわき腹を狙う。 しかし、沖田が気付いた時には手の中に竹刀はなく、代わりに遠くで総悟と叫ぶ近藤の声が聞こえた。 鈍い肩の痛みと共に、身体が道場の床に叩きつけられる。 負けた、のだろう。 完膚なきまでに。 「総悟! 大丈夫か?」 駆け寄ってくる近藤の顔が上手く見れない。 「トシ! ここまですることはないだろう」 「総悟が真剣に挑んできたんだ。こっちも真剣に相手するのが礼儀だろ」 「ま、まぁそうだが」 あーあーあーあー、わかっていたけどやっぱりむかつくものはむかつく。 けど、負けは負けだ。 強くなりたい。 もっともっともっともっと。 せめて、近藤さんに心配されないくらい、強くなりたい。 沖田は涙が滲みそうになる前に、自分の顔を腕で隠した。 「近藤さん、おんぶ。大人気ない土方さんのせいで歩けやせん」 「トォォォォシィィィィ……!」 「ちょ……待て! 総悟、お前……!」 沖田は近藤の背中の上で土方にべろりと舌を出すと、大きな背中に恐る恐るしがみつく。 高鳴る心臓の音が、近藤に伝わりませんようにと思いながらも、近藤の熱が愛おしくてたまらない。 「総悟、お前強くなったじゃないか。トシ相手にあそこまでやるとは思わなかったぞ」 「でも、負けは負けでさァ」 「まぁそう言うな。まだ若いんだ、これからいくらでも強くなれるさ」 「これからっていつですかィ?」 「それは総悟の頑張り次第だ。俺にもわからん」 近藤は道場の廊下をゆっくり歩き、語りかけるように沖田に言葉を返す。 喉が渇いたと言う沖田を炊事場に連れてゆき、椅子に座らせ、近藤はコップに水を入れる。 コップを手渡し、近藤が沖田の向かいの椅子に座ると、沖田は一気に水を飲み干し、問う。 「近藤さん」 「何だ?」 「どうして、俺と真剣に戦ってくんねーの?」 近藤は真っ直ぐな眼をして自分を見つめる沖田から視線を反らすように小さく苦笑すると、口を開く。 「あァ、すまんとは思っているんだが……、俺は怖いんだろうな、多分」 「俺と戦うことに何を怖いことがあるんですかィ?」 「俺はな、総悟。お前がいつか俺を超える日をそりゃもう楽しみにしてるんだ」 納得がいかないのか、不思議そうな顔をする沖田の頭を優しく撫で、近藤は話を続ける。 「でも、一人の剣士として、それをとても悔しいと思う俺も居る。総悟は筋もいいし、きっといい剣士になる。俺が保証する」 「さっきから、言ってることが矛盾してやすぜ」 「自分でも、まだ整理がつけられん。どんどん成長してゆくお前と真剣に向き合うことで、実力の差を計るのが怖いんだな」 「じゃあ、整理がついたら戦ってくれるんですかィ?」 「そうだなァ、その時は俺からお前に挑もう」 「じゃあ……じゃあ、もし俺が勝ったら、あんたの一番近くに置いてくれやすかィ? 俺が、近藤さんを守りやすから」 「ハハハ、頼もしいな。楽しみにしとくよ」 「近藤さん、おかわり」 「ん? おお」 近藤の言葉に、再び滲みそうになる涙を、沖田は水と一緒に飲み込んだ。 言葉にするにはあまりに幼い。 態度で示すにはあと少し足りない。 小さく光るこの想いは、きっと永遠に心の奥の奥。 しかし、それでもいいと沖田は思えた。 保証もない未来の約束が、今はたまらなく愛おしい。 だけど少しだけ悲しい。 「近藤さん、散歩でもしやしょう」 近藤は沖田を再び背負うと、道場の外に出る。 暮れかかった太陽が、空を赤く染め、同じ色をした沖田の頬を隠してくれる。 大きな背中に、恐る恐るしがみついた。 せめて太陽が沈むまでは、この背中、俺だけのものであって。 +++++++++ 真選組過去話を読んで、沖田さんが土方さんのことを気に食わないのは、きっと近藤さんを取られたからだよ! と妄想したら出来た代物。 近沖は、恋愛一歩手前の気持ちを抱く沖田さんと、それに気付いていてもいなくても、沖田さんを凄く大事に思ってる近藤さんってのがツボです。
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