無自覚上昇体温


「たんじょうびおめでとう」
「え?」

突然どこかから聞こえた声に、犬飼は立ち止まる。

「犬飼くん? どうかしたんですか?」
「辰…お前さっき何か言ったか?」
「いえ、何も」
「兎丸は?」
「言ってないよ」
「子津は?」
「言ってないっすけど…」
「さる…言うわけねーか」
「何だよ! オレにもちゃんと訊きやがれ! まぁ、言ってねーけど」

ってことは、司馬…?
いやいや、喋るわけねーし。
犬飼は聞き間違いか、と思い直し、再び歩き出した。
聞き違いだとしても、微かに聞こえた自分への祝いの言葉に、犬飼は自分ですら忘れていた誕生日を思い出した。
そういえば、今日だったな。
11月2日、という日にちを、犬飼は何故か好きになれなかった。
何だか中途半端だ。
一日ずれて、文化の日が誕生日なら、覚えやすいのに。
とりあえず、文化の日なんて柄でもねェか。
そんなことを思いながらも、16歳、という響きに少しだけ、頬が緩むのがわかる。
11月に入り、朝には大分冷え込むようになった。
寒がりなのか、司馬なんてもうマフラーまでしている。
暖かそうだ。
犬飼が、そのままぼんやりと司馬を見つめていると、司馬はマフラーを取って犬飼に手渡した。

「どうしたんだ?」

前を見てみれば、一緒に居たはずの辰や兎丸、子津、猿野はどこにも居なかった。

「アレ? 他のヤツらは?」

司馬は、少し考えるような顔をすると、携帯を取り出し、犬飼に見せた。

[遅刻するから、って走っていったよ]
「え?」

その言葉に犬飼が時計を確認すれば、朝のショートホームルームまで、あと5分を切っていた。
どう足掻いても、もう間に合わない。
犬飼はすぐに諦めると、司馬の横に並んだ。

「これ、くれるのか?」
(こくん)
「てかさっきのおめでとうって、司馬?」

犬飼が、何気なく訊ねると、司馬は有り得ないほど頬を赤く染めて、小さく頷く。
可愛い。

「とりあえず、さんきゅ」

司馬に滅多に見せることのない笑顔を向け、犬飼はもらったマフラーを首に巻く。
司馬は、犬飼の隣でますます縮こまり、それでも犬飼が自分のマフラーを嬉しそうにしているのを確認すれば、下を向きつつも少し、微笑む。
犬飼はそんな司馬の姿をこっそりと眺めながら、微笑ましい気持ちに包まれていた。
ほんのりと、心の中に生まれる気持ちにまだ気付くことはなかったが、それでも犬飼は何だか、このまま学校に行くのは惜しい気がした。

「司馬、これからフケねぇ?」

突然の犬飼の言葉に、司馬は弾かれたように犬飼を見る。
そしてサングラスの下の目が見開いたかと思えば、掌から携帯が零れ落ちた。

「や、あの、プレゼントの、お礼とか…してぇし…」

あまりに過剰な司馬の反応に、急にしどろもどろになった犬飼は、言い訳をするように言葉を紡ぐ。
司馬はそんな犬飼の様子がおかしくて、自分の照れも忘れて笑うと、一つ頷いた。

「じゃあ、行くか」

進行方向を変えた途端、向かってきた自転車に引かれそうになった司馬の手を、犬飼は無意識のうちに掴む。

「とりあえず、危なっかしい」

離すタイミングを失った二つの手が、二人の間で揺れている。
冷たい風が、少し緩まった気がした。
低い温度が、上がった気がした。
それが互いの体温のおかげだなんて、二人はまだ、気付かなかったけれど。













+++++++++++

はっはっは、何だこの生ぬるい二人は。
どうせならサイトでも犬飼くんの誕生日をお祝いしたいなぁと思って急いで書いたら、非常にもどかしくて温い二人になってしまいました。
とりあえず犬飼くん、誕生日おめでとうございます。



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