おかえり


色んな家の、色んな晩御飯の匂いを嗅ぎ分けながら、僕も家に向かって走った。
おかえり、を言ってくれる人が居るってことがこんなに幸せなことだったなんて。
こんなに嬉しいことだったなんて。
僕は忘れていた。
家になんか帰りたくなかった。
だけどだけど。

「ただいま……っ」
「おーおかえり」

迎えてくれる人が居る。
僕の帰りを、待ってくれている人が居る。
それはなんて、嬉しくて幸せなことなんだろう。

「ばから……っ」

おかえりの笑顔が嬉しくて。
嬉しくて嬉しくて堪らなくなったもんだから、僕は思わず名前を呼んではにかんだ。

「どうした?」
「何でも、ないよ」
「変なやつ」

鞄を放り投げて芭唐の隣に腰を下ろせば、芭唐は読んでいた雑誌を閉じて僕のほうを向いた。
また、嬉しくなってしまって笑ったら、芭唐もつられて笑った。

「芭唐もおかえり」
「もう帰ってから一時間以上経ってっけどな。ただいま」

ただいま、と、おかえり。
なんて幸せな言葉だろう。
なんてあったかい言葉だろう。

「おかえり」

喉から溢れそうなほどの思いを言葉にしたら、もう一度、同じ言葉が零れた。

「何回言うんだよ、たーだーいーまー」

明日も明後日も明々後日も、ずっとずっとこれからも。
二つ対にして言い合おうよ。
二つ対にしてから一緒にいよう。

「おかえり」

僕は、今日はもうこれで最後にしよう、と溢れそうな思い押し込めて、また言った。

「ただいま」

芭唐は律儀に返しても一度笑った。
くしゃくしゃと、頭撫でられた感触にまた、零れそうな言葉を飲み込んで、僕も笑い返した。



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