サイレントメロディ
オレの学校の音楽の教師は、何も喋らねぇ。 授業でも、必要事項は全部黒板に書いて、後はクラシック音楽を流すだけ。 本当ならこんなかったりぃ授業、寝るかサボるかしてるトコだけど。 このオレが一度も欠席せずに出てんのには、4つの理由がある。 1つ目、センセーの顔が男の割には可愛くてちょっとタイプだから。 2つ目、センセーがいつ喋んのか気になるから。 3つ目、センセーの選ぶクラシックは、聴きやすくて落ち着くから。 そして4つ目。 これがきっと、一番大きな理由。 センセーの奏でる音。 心に悲しみを落とす旋律。 喋らねー、センセーの言葉。 「何で音楽のセンセーって喋んねーのかな」 墨蓮に訊ねたら、さぁという風に首を傾げた。 「喋れないワケじゃないってのは、聞いたことあるけど」 「何でンなこと知ってんだ?」 「先生同士が話してるの、聞こえた」 「ふ〜ん」 オレは適当に相槌を打ち、ガムを口の中に入れる。 「先生の間でも、色々噂になってるらしいよ」 「そりゃあんなカッコしてりゃな〜。あ、オレ次サボるわ」 「また!?」 「悪りーな」 まったく、とでも言いたげな墨蓮を後にしてオレは適当な空き教室へ向かった。 床に腰をおろし、いつものようにガムを膨らます。 教師のクセに、真っ青な頭にどんなときも外さないサングラス。 一言も喋らねーセンセーの、根も葉もねぇ噂が生徒の間で立っていることは知っていた。 そういうことは、嫌でも耳に入ってくるモンだ。 下らねぇと思った。 結局のところ、教師も生徒も同レベルじゃねーか。 オレは、さっき口に入れたばかりのガムを吐き、包み紙にくるんでゴミ箱に投げた。 ガムは入んなかったけど、ンなモンオレの知ったことじゃねぇ。 ふぅ、と溜め息を吐き壁に背中を預けると、壁の向こう側から、微かにピアノの音がした。 授業の声が邪魔で聞こえやしねぇ。 オレは立ち上がり、3コ隣の音楽室へと向かった。 「御柳くんっ今授業中」 オレに気付いた教師が何か叫んでたけど、無視して走った。 音楽室へ入ると、突然入ってきたオレに驚いたのか、センセーの音は止まる。 「葵センセー、見っけ!」 "葵センセー" オレがそう呼ぶと、センセーは顔を真っ赤にしてうつ向いた。 そういう人間らしい反応が、何だかヤケに嬉しくて。 「葵センセー、ピアノもっかい弾いて下さいよ」 もう一度、呼んだ。 そうするとセンセーはまた、更に赤くなってポン、と1つ鍵盤を叩いた。 妙に嬉しそうなセンセーに、オレの方まで嬉しくなる。 センセーは、オレが授業サボってんのなんか気にする様子もなく、ぼんやりとピアノの前に座ってる。 そして鍵盤に両手を置くと、キリッと一本、筋が通ったように背筋を伸ばした。 鍵盤の上で、滑らかに滑る10本の指。 音楽のことなんかさっぱりわかんねーけど、センセーの奏でる音は心に直でクる。 「コレ、葵センセーが作った曲?」 オレがそう訊ねると、センセーは驚いたような顔でオレを見た。 そしてまた、演奏は止まった。 センセーは立ち上がり [何でわかったの?] と、驚いた様子で黒板に書いた。 「んー何となく」 オレは得意気に答える。 「つかこの曲、葵センセーの気持ちっしょ?」 更にオレが言葉を続ければ、先生のチョークを持った指先が、少しだけ、震えた。 「センセー、悲しいんすか?」 [悲しくないよ。淋しいだけ] 震える指で書かれた文字は、薄くて弱々しい。 センセーは、ピアノの前に戻り、椅子に腰をおろすと、再び同じ曲を弾き始めた。 心が、痛くなる。 こんな大勢の人間が居る学校に、センセーはたった一人で音を奏でてる。 誰にも伝わんねー言葉を紡いでる。 ピアノに耳を傾け、目を閉じた瞬間。 乱暴に音楽室の扉が開いた。 「あの、ピアノは止めて頂けませんか?」 さっき、オレを注意した教師だった。 「御柳くん、こんな所に居たの!?」 そしてソイツは、ずかずかと入ってきて、オレの腕を掴んだ。 「…離せや」 「今は授業中でしょ?来なさい」 オレは、ソイツに引っ張られるように教室の外へ出た。 チラッと振り返れば、センセーは悲しそうな顔で、こっちを見ていた。 「御柳くん、司馬先生にはあまり関わらない方がいいわよ?色々、良くない噂が立ってるみたいだし」 センセーにも聞こえるような、ワザと大きなその声に、オレの中で何かがキレた。 「アンタに何がわかんだよ!?」 腕を掴んでる手を振り払い、ソイツを壁に押し付ける。 「アンタみたいなのが居っからいけねーんだろ!!」 衝撃で頭をぶつけたソイツは、頭を押さえ顔を歪めた。 オレの叫び声が聞こえたのか、近くの教室からは続々と教師や生徒が集まってくる。 その中には心配そうな顔をした墨蓮も、居た。 周囲は一気に騒がしくなる。 「御柳、お前は何をやっとるんだ!!」 ヤケにガタイのいい教師が、オレとソイツを引き剥がし、怒鳴りつける。 ソイツはオレから離れた途端、ヘナヘナとその場に腰を抜かした。 「御柳ナニヤったんだよ〜?」 どこからか、からかいの声が飛んでくる。 ガタイのいい教師は、まだオレの手を掴んだままで。 オレは、その手を思い切り振り払い、音楽室へと戻った。 センセーは、外の騒ぎが聞こえたようで、心配そうにオレを見つめる。 「葵センセーが淋しいなら、オレが毎日来ますよ。そんな悲しい曲は、もう弾かせねーっすから」 オレが笑うと、センセーも嬉しそうに微笑んだ。 初めて見た笑顔は、優しい音と共に、オレの心へと、染み込んだ。 しかし、そう約束した次の日から、オレは1週間の自宅謹慎を言い渡された。 抗議したら、逆に1週間で済んだだけで有難いと思えとまで言われた。 クソ食らえ。 これでまた1週間、センセーは悲しい曲を弾くことになるんだろう。 たった、一人で。 オレは、それを思うと自分のことのように胸が痛む。 こんなことを思うなんて、オレのガラじゃねーことはわかっているけれど。 「で、本当の所はどうなの?」 1週間が過ぎ、学校に行けば、開口一番墨蓮が問う。 どうやら学校では、オレとセンセーがあの女を取り合ってるだなんて、くだらねーことになってるらしい。 「お、墨蓮ちゃん。オレのこと信じてくれんの? やさし〜」 「だってあの先生、どう見ても御柳のタイプじゃないもんね。どっちかと言えば司馬先生の方が…」 「やっぱオマエ、すげーわ」 オレはそれだけ言い残して、音楽室へと向かう。 「まさかお前っ…」 墨蓮の声が聞こえたけど、聞こえないフリをした。 やっと、センセーに会える。 停学になってた1週間、オレは何もせず、ただぼんやりと過ごしていた。 っつーより、センセーのことばっか考えてた。 1週間考えて考えて、行き着いた結論は、センセーが、好きだってこと。 ンな簡単なことに気付かなかった自分が、アホらし過ぎて笑えてくる。 「葵センセー久しぶり」 センセーは、1週間ぶりに来たオレを、1週間前と変わんねー笑顔で迎えてくれた。 「約束、したのに。すんません」 (ふるふる) センセーは、自分のことはどうでもいい、とでも言いたげに、オレの顔を心配そうに見る。 「あ、オレ? 大丈〜夫っすよ、停学くらい。大体、間違ったことしたとも思ってねーっすし」 オレが笑ってそう言うと、センセーもふわりと笑う。 その度にオレは、サングラスの下の目は綺麗なんだろな、とか。 柔らかそうな唇に触りてぇ、とか。 抱き締めたらどんな感触だろ、とか。 ンなことばっか浮かんできて。 自分が一番センセーを汚してんじゃねーかって、嫌んなって頭を振った。 センセーは、そんなオレを不思議そうに見つめるから。 「何でもねーっすよ。あ、ピアノ弾いて下さいよ」 なんて、ゴマカシた。 遠くで、昼休憩特有のざわついた音がする。 センセーは、それに合わせるように少しテンポの速い曲を弾く。 「葵センセー、嬉しいんすか?」 そう訊ねると、センセーは子供みてーに笑って頷いた。 ただ単純に。 純粋に。 オレは嬉しい。 オレが来ることで、センセーが喜んでくれた。 センセーが笑ってくれた。 さっきまでの汚れた気持ちとか。 会えなかった1週間が全部帳消しになるくれーの出来事だ。 オレが音楽室に通うようになって、1ヶ月が過ぎた。 どうやらもう、墨蓮には全部お見通しのようで。 「早くオとしなよ」 なんて、くだらねー応援までかけてくれる。 センセーは、授業中に行っても、昼休憩に行っても、いつも音楽室に居る。 まぁ、居心地悪りぃんだろなってことはわかる。 でも逆に、オレには都合がいい。 それは、センセーとの時間を沢山作れるっつーことで。 センセーに会うだけで毎日部活に真面目に出るくれーの元気とやる気が出る。 屑桐さんは、 「槍でも降るんじゃないか」 とか、言ってたけど。 どうせ降らせるのなら、オレとセンセーの間に愛の雨を、なんつって。 オレのやる気の源は葵センセーだ。 センセーに会って、自分がどれだけ単純なのか、わかった。 センセーも、オレが来るのを嬉しく思ってくれてんのか、毎日笑顔で迎えてくれる。 オレと会話するためのメモ帳をピアノの上に乗せて、毎日センセーはピアノの前に座ってる。 その姿は、それだけでセンセーの弾く曲みてーだ。 オレはいつも、そんなセンセーを少し見つめてから音楽室の扉を開ける。 オレの立てた音で、乱れる室内の空気。 柔らかく崩れるセンセーの表情。 ポロン、と嬉しそうなセンセーのピアノの音。 その全てが、優しく流れる静かな旋律。 オレは、それを守りたくて。 どうしても崩したくなんかなくて。 センセーへの歪んだ気持ちを、あと一歩のトコで押し込める。 だけど、それもそろそろ限界が近付いてきている。 オレの理性はいつまで持つか。 ンなこと、自分でもわかんねーけど。 墨蓮によると、その日のオレは、どうやら朝から少し様子がおかしかったらしい。 その日は朝から雨が降っていて、教室の中はヤケに湿度が高かった。 ジメジメジメジメ…………。 灰色の空が、オレの心を侵食してゆく。 雨は、キライだ。 自分でもオレに雨は似合わねーと思う。 あ、でもセンセーには似合う。 まだ少し、オレを拒絶するかのように、センセーの心にも雨が降っている。 オレとセンセーを遮る水壁のように。 ギリギリの水圧に、オレはいつもあと一歩のトコで弾かれる。 一定のリズムで聞こえる雨音が、これまたセンセーの弾く曲みてーで、悲しい旋律に、オレはイライラしていた。 こんな曲は弾かせないと決めたのに。 センセーの心は、未だ閉じたまま。 オレが居ねー音楽室からは、悲しい曲が流れてる。 昼休憩になり、急いで音楽室に行こうと走っていたら、途中で屑桐さんに捕まった。 「御柳、ミーティングだ。会議室に来い」 オレは半ば強制的につまんねーミーティングに参加させられ、朝から続く、オレのイライラは頂点に達していた。 ふと外を見れば、未だ止みそうにない雨。 センセーの、雨。 ミーティングが終われば、教室には戻らず、そのまま音楽室へ向かった。 今日の5、6限に音楽の授業がないことは、確認済みだ。 つーか、センセーの授業スケジュールくらい完璧に頭に入ってるし。 センセーは今、きっと隣の準備室で自分が5、6限に聴くCDを探してる。 これもチェック済みオレは、準備室のドアをゆっくり開く。 センセーは、いつものように優しく笑う。 オレは、後ろ手で準備室のドアの鍵を閉めた。 少し、薄暗い準備室。 センセーの、紅潮した頬と、白い首筋を伝う汗。 「葵センセー何か探してたんすか?」 オレが尋ねると、センセーは満足気に、1枚のCDをオレに見せた。 作者も、タイトルも知らねーそのCD。 そんなモンが今までセンセーの心を占めてたかと思うと、オレは何でか許せなくて。 オレはセンセーの腕を掴み、センセーに無理矢理キスをした。 驚いたセンセーの手から、CDが零れる。 カシャン、と無機質な音をたて、CDが落ちる。 それを合図にするかのように、オレは更に口付けを深くした。 センセーの固く閉じられた唇は、オレの舌の侵入を阻み、細い腕でオレの肩を必死に押す。 それでもオレは、唇を離さずに、人指し指でセンセーのネクタイをほどいた。 「センセーの、大人の証」 ゆっくりと唇を離し、オレはセンセーの前でネクタイをひらひらとかざし、センセーの背広のボタンを外してゆく。 そしてYシャツのボタンに手をかければ、センセーがオレの手を掴んだ。 センセーを見たら、真っ赤な顔して何度も首を横に振る。 薄暗く、ジメジメとした準備室、目の前にはセンセー。 その時、オレの理性は完全に飛んでいた。 センセーの落としたCDを、思い切り足で踏み潰す。 サングラスの下で、センセーの目が大きく見開いた。 そして、ただただ悲しそうにオレを見る。 「葵センセーは、いつもオレのこと見てくんねーっすよね」 センセーが見てるのは鍵盤だけ。 例え視線はオレの方へ向いていたって、同じこと。 「センセー、オレの声もちゃんと聞いてくんねーんだもん」 センセーが聴いてるのは、自分が奏でる旋律、だけ。 「オレは、センセーの目の前に居んのに」 センセーの手首を掴み、さっきほどいたネクタイでキツく縛った。 そして、センセーのサングラスをゆっくり外す。 予想以上の綺麗な青に、心臓が、ドクンと高鳴る。 センセーは、少しずつ後ろに下がる。 オレも、距離を詰める。 そしてついに、センセーの後ろは壁だけになった。 「もう、逃げらんねーっすよ?」 オレは、冷たく呟き、センセーのシャツのボタンを一つずつ外してゆく。 上から首を振る気配がしたけど、オレは上を向かずに外し続ける。 そして、露になったセンセーの胸の突起に、下を這わせた。 センセーの身体に、力が入るのがわかる。 オレがもう片方も指の腹で弄べば、 「は…あ、っ」 センセーの口から吐息が漏れる。 未だ、声にはならないセンセーの音。 「葵センセーの、全部が欲しいんすよ」 センセーは、何も答えない。 「ねぇ、何か答えてくださいよ。好きでも嫌いでも、何でも…」 オレはセンセー自身をすーっと指で撫でた。 顔を真っ赤にして、目を潤ませるセンセーはかなりヤバい。 「オレは、アンタの声が聞きたい」 耳元で囁けば、センセーの身体がビクンと震える。 オレは、カチャカチャとベルトを外し、既に立ち上がったセンセー自身を取り出した。 センセーは縛られた腕で、どうにか止めさせようともがいてたけど。 オレが唇を塞げば、センセーの両手は腿の上に落ちた。 キスをしたまま、センセー自身を上下に扱く。 センセーの吐息が、唇の端から漏れて、荒い息の音と、先端から滴る蜜から生まれる水音が、埃臭い準備室に響く。 そんな音すらセンセーの奏でる曲のように聴こえるオレは、もう末期かもしれない。 オレはセンセーの蜜で汚れた指を、センセーの中に挿れた。 センセーの瞳が大きく見開き、何度も何度も首を振った。 だけどオレは、そのままセンセーを押し倒し、指を二本、三本と増やしてかき回す。 そして指がある一点をかすめると、センセーの腰が、浮いた。 「…ココ?」 オレが尋ねても、勿論センセーが頷くはずもなく、それでもソコを刺激する度に、センセーの腰は反射的に浮き上がる。 何も考えられない。 ただ、センセーが欲しい。 センセーを、オレだけのモノにしたい。 オレはいつの間にか涙を流していた。 だけどそれを拭うこともせずに、センセーのナカに入ってゆく。 弧を描くセンセーの身体は綺麗で、でも、それでも決して声を出すことはなかった。 オレは、がむしゃらにセンセーを抱いた。 あぁきっと、傍から見れば笑ってしまうくらい滑稽な姿なのだろう。 だけど、それでも止めらんねー気持ちを、オレは今まで知らなかった。 センセー、ゴメン。 笑わせるって決めたのに、傷つけて、ゴメンな。 オレの動きと、同調するように、センセーも揺れる。 呼吸のリズムが重なる。 オレはきっと、センセーの音を初めて聴いた時から、センセーの虜なんだ。 オレ達は、ほぼ同時にイった。 その途端、あまりの虚しさに身体中を虚脱感が襲う。 オレは、サイテーだ。 こんな方法で一つになったって、虚しいだけだとわかってるはずなのに。 自分の欲望満たすためだけに、センセーを犠牲にした。 今までオレが必死に守ってきたセンセーとの関係も、これで終わりだ。 あんなに苦労して、少しずつ少しずつ築いていったのに、壊れるのはなんて呆気ねーんだろう。 オレは、センセーの手のネクタイをほどき、音楽室を後にした。 最後に見たセンセーの目は、ただ、虚空を見つめていた。 死んだように、冷たかった。 外を見ればまだ、雨が降っていた。 もう、センセーの音には聴こえなかった。 センセーの旋律に隠れた声を、見つけたのはオレだけだったのに。 もう、何も聴こえない。 近付いたのはオレ。 壊したのも、オレ。 オレはそのまま、部活にも出ず、家に帰った。 この日から、音は聴こえなくなった。 いつもオレの中に流れてたセンセーの音も。 音楽室から響くセンセーの曲も。 次の週から、音楽の授業をサボり続けた。 自然に、部活からも足は遠退いた。 オレは毎日、呆れるほど後悔ばかりしている。 それは、音楽の授業をサボり続けて、一ヶ月が経ったある日のこと。 梅雨は終り、むしむしと暑い毎日が続いている。 「御柳くん、至急職員室担任の所まで来なさい」 昼休憩の放送で突然呼ばれ、職員室に行けば、あと一回でも音楽の授業をサボれば、進級が危ういと担任から告げられた。 「司馬先生のこと、色々あっただろうけど、ちゃんと授業には出なさい」 どうやら担任も、オレとセンセーが女を取り合ったっつー噂を本気にしてるらしい。 どいつもコイツも、勿論オレも。 馬鹿ばっかりで、笑えてくる。 学校でのセンセーの居場所が、どんどん無くなってゆく。 「センセーとオレは、何の関係もねーっすよ」 「そうなんですか? 司馬先生」 え? 司馬先生? オレが後ろを振り向けば、淋しそうな顔したセンセーが、深く頷いた。 あの日から、久しぶりに会ったセンセーは、悲しいほどにオレの好きなまんま。 センセーは、絶対誤解してっだろーけど、職員室に居るせいで、言い訳も出来ねぇ。 センセーにとっちゃ何でもねーことなのかもしんねーけど、オレにとっちゃ一大事だ。 関係ないなんて、思ってるはずない。 なぁ、だったらセンセーに会った途端、時間が止まったりなんかしねぇはずだろ? でも、やっぱりセンセーからは、何の音も聴こえなかった。 ついこの間までは、あんなに鮮明に聴こえてたのに。 センセーは、担任にお辞儀をし、オレに背を向ける。 オレも、教室に戻るかと後ろを向いたその時だった。 「司馬先生いますか!?」 と、いつかのガタイのいい教師が、突然職員室に入ってきた。 そして、オレに気付くと、一瞬驚いたように目を開き、凄い勢いでこっちに向かってくる。 「司馬先生、御柳、これはどういうことですか?」 ソイツがオレとセンセーに突き付けた物は、オレとセンセーがキスしてる写真。 「廊下に貼られていました。生徒達が大騒ぎしています」 ソイツはオレの方なんて見向きもせず、センセーにばっか喋ってる。 幸い、キスより後のことは、写真に撮られてねーみたいだけど、センセーは何も悪くない。 「悪いのは、オレっすよ」 オレは、ソイツの腕を掴んで告げる。 「教師が生徒…しかも男子生徒に手を出すなんて…」 でもソイツは、オレを無視してセンセーを責め続ける。 教師が、周りに集まってきた。 ヒソヒソと話し声が聞こえる。 どれもこれも、聞くに耐えないセンセーへの中傷。 まるでオレが被害者かのように。 センセーのこと、これっぽっちも知んねークセに。 オレは、もう一度ガタイのいい教師の腕を掴む。 「センセーは悪くねーっつってんだろ!! 無理矢理キスしたのはオレだよ!!」 辺りがシーンと静まりかえる。 そして、職員室のドアの向こうから、様子を覗きにきたらしい生徒が騒ぎ出す。 集まった教師達は、何か異様なモノを見るような目で、オレを見つめている。 「葵センセー、関係ねーとか、嘘っすから。今でも大好きです。あんなことして、本当すんませんでした」 オレが頭を下げたと同時に、 「司馬先生、御柳くん今すぐ校長室に来なさい」 放送が、鳴った。 夏の予選が近いため、どうやら学校も公にしたくないらしく、オレとセンセーの処分は、驚くほど軽かった。 オレの処分は、休憩時間、放課後の音楽室入室禁止と、毎日部活に出ること。 センセーの処分は、オレのクラスの授業の担当を外れること。 そして結局、何度オレが声を大にして叫んでも、教師達は聞き入れようとせず、センセーが悪いような結論となった。 やっぱりセンセーは他の教師達によく思われていないらしく、ただの一生徒であるオレの意見は、なんてちっぽけなんだろう。 オレの言葉では、センセーを救えねぇ。 センセーは、何も言わなかった。 校長室に呼ばれ、紙とペンを渡されてたけど何も書かなかった。 オレに無理矢理されたって、そう書けば済むことだろ。 あの日、センセーに触れた感触が、今でもこの手に残ってる。 目から零れる雫。 汗ばんだ身体。 あの時、絶えず流れ込んできた曲が、悲しい曲じゃなかったのは、何で? 教師達は、センセーが手を出したと思っていても、生徒の方は違った。 職員室でオレが叫んだ言葉は、瞬く間に学校中に広まった。 からかう奴。 気持ち悪がる奴。 いつも通りの奴。 距離を置く奴。 色んな奴が居たけど別にどーでもいい。 どんなヤツが居ようがオレがセンセーを好きだってことは変わんねーし。 勿論、オレのしたことは許されることじゃねーんだけど。 だから、もうセンセーには関わんねぇ。 オレが、センセーの人生を歪めてしまった。 オレのせいでセンセーが不幸になるだなんてまっぴらゴメンだ。 何なら学校もやめちまおうかと思ったけど、無理だった。 新しい音楽の担当は、センセーとは正反対の太ったオッサンだった。 丁度いい。 音楽室にも職員室にも行かなければ、センセーに会うこともねーんだし。 学校とか野球とか世間体とか、ンなモン全部ブッ潰してセンセー連れ去りてーけど。 センセーはきっと、そんなの望んでねーんだろう。 忘れよう。 忘れられそうにねーけど。 今も、会いてー衝動に駆られるけれど、忘れるしか、ねぇ。 そして早く。 どうかどうかセンセーの音が戻ってきますように。 オレはこれが最後、と自分に言い聞かせ、音楽室を覗いたら、何故かセンセーは居なかった。 しかし、話し声なんかするはずねーのに何人かの声がする。 オレは不思議に思い、耳をすませた。 「どうせ、御柳には許したんだろ?」 「抵抗すんじゃねぇよ」 まさか…。 まさかまさかまさか。 ドアに手をかけたが、ドアには鍵がかかっていて、開かない。 急いで準備室の方に回れば、ドアは簡単に開いた。 音楽室へと繋がるドアから中を覗けば、教室の隅で3人の生徒に組み敷かれ、押さえ付けられるセンセーの姿。 上半身は肌蹴け、サングラスを取られた瞳はしっかりと瞑られていた。 オレは、無言で近寄りそいつらをセンセーから引き剥がす。 怒りで震える拳を握り、力任せにセンセーを組み敷いてたヤツを殴った。 残り2人も、逃げられる前に思い切り殴るとソイツらは、よろめきながら音楽室を出ていった。 後ろから、センセーの視線を感じる。 でも、振り向いたらもう戻れないような気がして、諦められなくなりそうな気がして。 オレはそのまま音楽室のドアに手をかけた。 センセー、バイバイ。 そして、ドアを開こうとしたその時だった。 「…ないで」 「え? 今……何て…」 突然聞こえたセンセーらしき声に、オレは思わず振り返る。 「行かないで…」 その瞬間、溢れるほどの音が、オレの中に流れ込んでくる。 「葵…センセー」 まるで、夢を見ているようだった。 確かにセンセーの唇は動き、零れた音がオレの胸を焦がす。 耳に痛いくらいの切ない旋律が、オレの足を震わせる。 センセーは、サングラスをかけ、Yシャツのボタンを閉めると立ち上がった。 そして、ゆっくりと黒板に向かう。 [御柳くんが居なきゃ、音が生まれない] 「でもオレ…あんなヒドいこと…オレ、あの日から…音が聞こえなくなってすげー心配で…」 センセーは、大きく深呼吸をした。 [あの日から御柳くんが居なきゃ、音が生まれなくなった。今は、聴こえるでしょ? 御柳くんには] センセーはオレに微笑みかけて、ピアノの前に座る。 そして、さっきからずっとオレの中で流れていた曲を弾き始める。 「すげ…全く一緒」 オレの言葉に、センセーは得意気に笑うと、また黒板の前に戻り、チョークを取った。 [そばにいて?] 震える手で書かれた文字に思いきり微笑めば、幸せ一杯の曲が流れて込んでくる。 「葵センセー、可愛い。大好きっす」 センセーに触れた瞬間音楽室の扉が開く。 そして、数人の教師がオレとセンセーを引き剥がした。 そんなことしたってオレ達の心は一つ。 心に流れるのは同じ歌。 2人にしか聴こえない、歌。 センセーはその後教師を辞め、バーでピアノを弾いている。 センセーのピアノは勿論好評で、この前給料が上がったらしい。 オレはと言うと 「墨蓮またフラれたんっしょ?」 「うるさいっ!!」 「お前イイヤツなのになー」 「どうせイイヤツどまりなんだよ…」 「ま、気にすんなって、墨蓮ちゃんの良さはオレがちゃんとわかってるし?」 「御柳が言うと、シャレになんないから」 「オレはセンセー一筋だっつの!」 「わかってるよ…」 学校でなかなか楽しくやっている。 そして、部活帰りにはバーにピアノを聴きにいく。 センセーの仕事が終われば2人で手を繋いで、のんびり歩いて帰るのが日課だ。 同じ歌を口ずさみながら。 ++++++++++ 大分前にマガで発行した小説を手直しして載せました。 確かこの小説は、単にスーツでネクタイで縛られてる司馬くんが書きたかった、 という単純…というか変態な理由で出来上がった代物です。 あと確か年下攻めな御柳くんも書きたかったのです。
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