MY SWEET TRAP
「何してんだ?」 「秋刀魚焼いてるんでさァ」 懐かしい匂いに釣られたのか、旦那が垣根を乗り越えて、屯所の庭にやってきた。 俺は知ってる。 毎週月曜日のこの時間。 旦那はいつもスクーターで屯所の前を通るのだ。 「ご飯と熱燗と大福もありやすぜ」 「マジでか。ねぇ沖田君。それ俺にもわけてくんない?」 「土方さんには内緒ですぜ?」 小さく目配せみたいに笑って、秋刀魚と茶碗とお猪口を渡すと、旦那は実に幸せそうな顔をして、熱燗を一気に飲み干した。 あ、やべ。 そんな顔こんな近くで見たら、ますます好きになってしまう。 「いただきます」 二人分の茶碗と皿とお猪口が並べられた縁側を、簡易テーブルにして、俺たちは同時に手を合わせた。 重なった二つの声を合図にご飯をかっ込むと、旦那が隣に居るだけで、いつもの何倍も美味しいと感じる。 「何これ、うめっ」 「まァ、愛だけはたっぷり入ってやすからねィ」 流れていた時間は止まる。 秋刀魚をつつく旦那の手も止まる。 真っ直ぐ見つめられた俺の心臓も、止まりそうになる。 「誰への?」 「そんな野暮なこと、俺に言わせるんですかィ?」 「飯のお礼、何がいい?」 旦那は俺の質問には答えずに、真剣な瞳で訊ね返す。 いつもの死んだような目はどこへ行ったのやら、とぼんやりと思ったけれど、俺はそれから目が離せない。 「旦那の、こころ」 「それ以外で、何かねーの?」 「ありやせん」 旦那は、俺からふっと目を反らすと、小さく溜息を漏らした。 旦那の言葉に、胸がずきずきと痛む。 だけどもう、引き返せない。 それ以外欲しいものなど何もない。 「だって沖田君、もう俺の心持ってるじゃねーか」 「え……?」 「ねーの? 他に」 旦那が、もう一度俺を見た。 酒を飲んだせいで上気した頬が、更に熱さを増してどうしようもなくなってしまう。 信じられない言葉は、一瞬にして俺の心を掴んで離してくれなくて、あっという間にいっぱいになって溢れ出す。 「旦那のすべて」 「ざーんねん。それももう持ってんだろ」 旦那は俺の頭をぽんぽんと撫でながら笑うと、再び秋刀魚に箸をつける。 俺は、胸がいっぱいすぎて何かを食べる気も起きず、秋刀魚やご飯や酒や大福が旦那の口に運ばれていくさまを、ただぼんやりと見つめていた。 ごちそうさま、と再び合わせられた両手が、すぐに俺を抱き締めて、そのあと少し震えた。 美味かったもありがとうも、耳から耳を通り抜けて消えた。 その感触だけがただ、熱くて、愛おしくて。 「じゃっ、またな」 「また」 スクーターに乗って立ち去る旦那の背中を見送ると、やっと俺は我に帰った。 想像以上だ。 ただ、少しだけ二人きりで話したかっただけなのに。 俺は、七輪と二人分の食器を片付けながら、小さく笑う。 秋刀魚も白米も日本酒も大福も。 最初からすべて旦那を釣るための餌だったとバラしたら、旦那は怒りやすか?
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