うたかたの言葉


「愛しているだなんて戯言、もう聞きたくありません」

ゆっくりと伏せられた瞳を縁取る睫毛が、微かに涙で濡れていた。
絞り出すような声を発する咽喉は、きっと酷く腫れていることだろう。
それらの原因が総て自分にあるせいか、俺にはそれら総てが愛おしくて堪らない。

「長い間、逢いに来れなくて、悪ィ。でも……一ば」
「芭唐さま、そう言っていつまで。僕を此処に閉じ込めておくおつもりですか?」

顔を上げた葵の簪がしゃらんと揺れた。
莫迦な話だと思う。
藩主の地位を捨ててでも一緒になろうと決めたはずなのに。
今は葵を守るためにこの地位に拘っている自分が居る。

「葵、俺は本当にお前を愛……」
「うたかたの言葉も、時間も要りません。僕はただ……」

少しでも長く傍に居たいだけなのに、と声にならない声が唇から零れて落ちた。
此処を出て、俺に何が出来る?
此処を出て、葵を守れるという保証があるのか?
葵は里抜けした忍者の末裔で、生まれた時からずっと、命を狙われ続けている。
そして生まれた時から病を患い、十六までしか生きられないことが決まっていた。
年が明ければ、葵の命は潰えるだろう。
やつれた頬や細くなった指、覇気のない瞳。
誰の眼から見ても、葵がもう長くはないことは明らかだった。
それでも俺は何百もの医者に見せ、何百もの刺客から葵を守ってきた。
藩主としての権限を最大限に利用し、それを失わないためにがむしゃらに働いてきた。
葵のためなら、悪にだってなるだろう。
この命だって、簡単に差し出すだろう。

「芭唐さま、もういいんです。死にゆく僕のためにそこまでしなくたっていい」
「お前、死ぬだなんて滅多なこと……!」

勢いに任せて葵を押し倒すと、葵は哀しい瞳で小さく笑った。

「芭唐さま、僕が望むのは昔も今も変わらずただひとつ。貴方との未来です」

葵の眼から零れた涙が、目尻を辿って畳に滲みる。
俺の眼から零れた涙は、何も介さず葵の顔を濡らした。
それが手に入るはずがないことは、わかりきっていることだった。

「僕は、貴方の腕の中で死ねればそれでいい」

俺たちは、静かに唇を寄せ合った。
刹那の一瞬を、永遠にとどめておきたかった。

「葵、愛してる」

うたかたでもいい。
せめてどうか今だけは。
真っ直ぐに伝わりますように。






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