Youthful Drive





あおいそらが、とてもかがやいてみえた、あのころ。



「ホームラン!」

沖田の打ったボールは高く高く飛んでゆき、フェンスを越えて消えた。
沖田の放ったサヨナラツーランホームランが3Zチームの勝利を導き、2対3のまま硬直していたゲームは幕を閉じた。
はなびら舞い散るグラウンド。
新しいクラスの親睦球技大会。
つい半年ほど前の出来事が、今はもう遥か遠い昔のことに、思えた。

「ねぇ土方さん、覚えてやす? ほら、球技大会の俺の」
「ホームランだろ? 総悟はあの時の話が好きだなぁ」

配られたプリントから目を離そうとしない土方の代わりに近藤が答えると、沖田は少し淋しそうに笑う。

「まさか土方さんがヘッドスライディングするなんて思いやせんでしたからねィ」
「ハハハ」
「総悟。うるさい」
「へいへーい」
「おいトシ、そんな言い方はねぇだろう」
「自習時間だからって喋ってるコイツが悪ィんだろ」

土方は、変わってしまった。
沖田は小さく溜息を吐き、立ち上がる。

「昼休憩には戻ってきまさァ」

授業をしている他のクラスに迷惑をかけないように、沖田はそろりそろりと歩いて屋上へ向かう。
屋上で昼寝することがどんなに気持ちいいか、土方さんには教えてやんない。
沖田は屋上のドアを開け、駆け足で給水タンクに向かうと、寄りかかって目を閉じる。
ゲームは、2対3のまま九回の裏を迎え、ツーアウト、ランナー無しで土方に打席が回ってきた。
誰もがもう、諦めていた。
しかし土方は、自分に繋げてくれたのだ。
あの土方がヘッドスライディングまでして、自分に。
高鳴る心臓が鳴り止まないまま打席に立ち、土方の方をちらりと見やったら、真っ直ぐな瞳で見つめ返された。
まるで、背筋に電流が走っているかのようだった。
堕ちてしまったと、思った。
もう戻れないとも思った。
しかしその想いが、あの日のホームランを呼んだのだ。

「やべっ、泣きそ」

小さく呟いて、ペットボトルのジュースをがぶ飲みする。
炭酸の抜けかかったコーラはまるで、土方に腑抜けてしまった自分のようだ、と沖田は一人自嘲する。
普段は憎まれ口ばかり叩いているけれど、頬杖をついた横顔や、腕を真っ直ぐに走る血管に見とれてしまうのもまた、事実。
こんなはずではなかった。
高校生になったらさっさとカワイイ彼女でも作って、青春を謳歌しているはずだった。
それが、不可能だったわけではないのだ。
現に、沖田は何度か女生徒から好意を打ち明けられたし、実際に付き合ってみたりも、した。
しかし、心にあるのはいつだって土方のことばかりで。
隙間を埋めよう、と他の誰かにそれを求める度に、土方でなければ駄目だ、と思い知らされるのだった。
不毛な恋愛ごっこを何度か繰り返し、悟った沖田は、好意を受け入れるのをやめた。
自分の想いも、土方の前では不毛な恋愛ごっこのようなものにしか見えてはいないのだろう、とわかってもいた。
しかしそれでも、諦める気はなかった。
否、諦められるはずが、なかった。

「土方さんの馬鹿やろう」
「誰が馬鹿やろうだ」

静かな屋上に、確かに響く低い声。

「やっぱ、お前がしおらしいと気持ち悪ィ」
「勉強狂いの土方さんだって、イカれてまさァ」

わざわざ様子を見にきてくれたのだろう、ということはわかっているけれど、素直に言葉を返すことが出来ない。
何だ、これは。
この感情は何なのだ。
もう声も出ない、顔も見れない。
今度は、本気で泣きそうだ。
下を向き、固く握った拳を震わせ、所在無く立ち尽くす沖田を、土方はただ、真っ直ぐに見つめる。
あの時の、瞳をしている。
わざわざ確かめてみなくともわかった。
身体全体でその眼に反応していた。

「仕方ねェだろ、今が正念場なんだ。八つ当たりして悪かったよ」
「言いたいことは、それだけですかィ?」
「あァ」

沖田は、なおも拳と唇を震わせながら、勢い良く土方を見る。
視線が重なってしまうと、挫けそうになった。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。

「じゃあ、俺にもひとつ、言わせて下せェ」
「どうしたんだよ、いちいち改まって」

すぅ、と深く呼吸をすると、高鳴る心臓と吸い込んだ酸素で胸が大きく上下する。
相変わらず、拳も唇も震えていた。
もしかしたら、とても悔しいけれど目も潤んでいるかもしれない。
こんな気持ちも、こんな反応も、有り得ない。
自分の身体がおかしくなってしまったのは、全て土方の真っ直ぐな瞳のせいだ。
沖田はとりあえず土方に責任転嫁すると、土方の学ランを引っ張り、土方の耳に唇を近づける。

「勉強じゃなくて、俺に狂ってみやせんかィ?」

耳にかかる沖田の吐息に、土方は思わず耳を押さえて赤面する。

「な……っ、いきなり何言い出すんだよ。お前」
「何って……」

目の前でうろたえる土方が、いじらしくて、滑稽で、愛おしくてたまらない。

「アンタが夢中になってる勉強よりは、イイモノ持ってるつもりでさァ」

沖田はもう、やけくそだった。
この男を、自分のものにしたい。
土方を構成する全てのものを、知り尽くして独り占めしたいのだ。

「俺を好きにさせる自信も、夢中にさせる自信だってありやすぜ?」

目を反らすな、と沖田の中の本能が、沖田に語りかける。
言葉は何故か、自分でも驚くほどすらすらと飛び出してきた。
学ランを掴んでいた手で、土方のまつ毛に触れれば、身体の奥がぞくぞくと震える。
骨ばった首筋に触れると、胸が締め付けられるように強く鼓動を打ち始める。
もっと、もっともっともっと。
俺だけを見て。
視界も頭も心も、俺だけでいっぱいにして、俺以外のことは何も、考えられなくなればいい。
抑えきれない幼い欲望と熱情は、直接肌に触れてしまったことで絡み合って交錯する。
土方の目の色が変わる。
土方の喉がごくりと唾液を飲み込んだのを、沖田は首筋にあてた掌に確かに感じた。

「だから……だから、俺とセックスしやしょう、土方さん」

そして、畳み掛けるように沖田は言葉を放ち、今なお真っ直ぐ土方を見つめる。
土方は、自分の首筋を触っている沖田の手を掴み、何も言わずに強引に唇を重ねた。
唇を割って入ってきた舌が沖田の口内で絡まると、頭が痺れてめまいがする。
掴まれた手が汗ばんでいるのが、少し照れくさい。
給水タンクの裏に隠れて、舌を絡ませながら服を脱がしあう。
小さく音がするだけで、大きく心臓が跳ねた。
今は、荒くなった息だけが聞こえれば良かった。

「最悪だ」
「どうしたんですかィ?」
「こうなるのわかってるから、嫌だったんだよ」
「アンタが大学落ちようが職に就けなかろうが、俺ァ土方さんが好きですぜ」
「お前が良くても俺は嫌なんだよ」
「じゃあ頑張って両立して下せェ」

天地がひっくり返れば、目の前に青い空が広がる。
土方の肩越しに見る空は、今まで見たどんな空よりも、輝いて見えた。





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